辛い記憶には美しい物語が必要だった|北鎮記念館にあるピアノ

北鎮記念館

旭川の陸上自衛隊北部方面隊第二師団の駐屯地内にある博物館「北鎮記念館」に、エクスマスタッフと一緒に行ってきました。
「北鎮記念館」は明治初期の屯田兵制度ができた時期からの資料が展示されていて、日清、日露戦争、大東亜戦争、戦後自衛隊と、北海道の屯田兵のこと、軍のこと、自衛隊のことを、本物の資料と共に知ることができる博物館です。

他の目的は、様々な戦いで傷つき戦死していった、北海道の人たちへの、鎮魂の思いを込め建てられた記念館。
先人たちに、そういう人たちがいたということ、今ボクたちの平穏な生活は、そんなたくさんの人たちの努力や戦いの上に成り立っているということを、いつまでも忘れないために。

入場料は無料です。
自分たちだけで見て回るのもいいのですが、現役の自衛官がガイドしてくれるコースがおすすめです。
ガイドのコースは30分と1時間のコースがあるのですが、1時間のコースがいい。
ボクたちは馬場さんという、自衛官の方がガイドしてくれました。
面白かった〜

右下の写真に馬場さんが写っている

ステッセルのピアノ

以前、20年以上前にも訪れたことがあるのですが、その時は駐屯地内のバラックの家屋みたいなところに、展示というか、置いてあったイメージでした。
それが数年前に新しい博物館に生まれ変わって、立派な施設になっていた。
一度行きたいと思っていました。

お目当の展示は「ステッセルのピアノ」と言われている日露戦争当時のピアノです。

日露戦争で旅順要塞を日本が攻め、陥落させました。
203高地の戦いとして有名です。
その時の戦利品として、ロシアの旅順要塞司令官ステッセル将軍が奥様の愛用のピアノを、日本の司令官、乃木大将に送ったと言われているピアノです。

どうしてボクがこのピアノに興味を持ったかというと「ステッセルのピアノ」と言われているピアノは、日本に4台あるということ。
旭川、遠軽、金沢、水戸。
どれが本物かは、今なお、謎です。

ボクは20年以上前に上湧別の屯田兵博物館を企画しました。
その時資料を調べていると、この話に出会いました。
展示にそのエピソードを入れたのです。
ステッセルのピアノがあると言われている4つのうちの1つは遠軽。
遠軽は上湧別に隣接している町です。

日露戦争の203高地の戦いは、勝利したとはいえ熾烈な戦いだったそうです。
辛く悲しいことがたくさんあったはずです。
そんな記憶をいつまでも引きずっているのは辛い。
だからロシアとの和解の象徴として、美しい音楽を奏でるピアノの物語ができたのではないかと思う。
そんな理由でみんな自分が持ち帰ったピアノが、ステッセルのピアノだと信じた。
そうでなければあまりにも辛いから。
だから、4台もあるのだと思う。

辛い記憶を消し去るためには、美しい物語が必要だった。
だから4台のピアノのうち、どれが本物かを特定するのは意味がない。
事実よりも真実が大切なのです。

それが本当の意味での鎮魂になるのです。

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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