【観光大学】世界初の団体旅行はどんな旅行だったのか? 始まりはわずか19キロの旅。

画像はイメージ

「旅の歴史を知れば、これからの観光ビジネスが見えてくる!」

以前、この【観光大学】の記事で、近代観光の祖であるトーマス・クックが、「お酒に溺れる労働者たちを救う」という強い社会的使命感から、鉄道を使った貸切列車を走らせたとお話ししました。

1841年7月5日。イギリスのレスター駅からラフバラという町まで、570人の仲間を乗せて走ったこの列車こそが、世界初の「団体旅行」です。

現在の電車なら、わずか30分足らずで移動できる「たった19キロ」の距離。

しかし、この一見ささやかな小旅行には、現代の旅行ビジネス、そして観光マーケティングのすべてが詰まっていました。
今回は、クックがこの最初の旅で仕掛けた「ビジネスモデルのイノベーション」の正体に迫ります。

誰も旅に出なかった時代。立ちはだかる「3つの壁」

いまの僕たちは、スマートフォンを数回タップするだけで、交通機関の時間を調べ、ホテルを予約し、現地の美味しいお店を見つけることができます。

しかし、180年前のイギリスではどうだったでしょうか。
当時、一般の労働者にとって、生まれた街から外に出ることは「未知の恐怖」であり、不可能に近いことでした。そこには、大きな3つの壁があったからです。

  1. 情報の壁:目的地の情報はおろか、列車の時刻表や運賃を調べる術が個人にはほとんどない。
  2. 費用の壁:鉄道は登場したばかりの最新テクノロジー。個人で切符を買うには高価すぎた。
  3. 手間の壁:どこで切符を買い、現地で何を食べて、どう過ごせばいいのか、すべてが手探り。

つまり、当時の人々にとって旅とは、「行きたいけれど、どうすればいいか分からないし、お金もない」という、極めてハードルの高いものだったのです。

バラバラの資源を一つに。クックが起こした「編集」の革命

ここで、トーマス・クックの凄まじいビジネスセンスが発揮されます。彼は、個人では突破できないこれらの壁を、「まとめて引き受ける」ことで一気に解消しました。

彼が最初に行政やミッドランド鉄道会社と粘り強く交渉し、勝ち取った条件がこれです。

  • 列車の丸ごと貸し切り(チャーター)

大勢の人間が一度に移動することを条件に、鉄道会社から通常ではあり得ないほどの「格安の団体割引運賃」を引き出したのです。

さらに、クックが売ったのは、単なる列車の往復切符だけではありませんでした。

  • 行き帰りの「列車の座席」
  • 現地での「お茶とハムサンド(食事)」
  • 道中や現地を盛り上げる「ブラスバンドの生演奏(エンターテインメント)」

これらすべてを一つにまとめ、「1シリング」という破格のワンプライスで販売したのです。1シリングとは、当時の労働者でも十分に支払える、現在の価値で言えば「ちょっと贅沢なランチ代」ほどの手軽さでした。

バラバラに存在していた「交通」「食」「エンタメ」という要素を、ひとつのコンセプトで串刺しにして、誰もが買いやすい形にデザインし直す。

これこそが、世界初の「パッケージツアー(団体旅行)」が誕生した瞬間でした。

人々が買ったのは「移動」ではなく「手軽さと安心」

クックが企画したこのツアーは、発売されるやいなや、驚くほどの熱狂で迎えられました。当日、レスター駅には、初めて列車に乗る高揚感に包まれた570人の笑顔があふれていたといいます。

なぜ、これほどまでに人が集まったのでしょうか。

人々は、1シリングで「電車の切符」や「サンドイッチ」を買ったのではありません。クックが用意してくれた「それさえ買えば、あとは何も心配しなくていいという『手軽さ』と『安心』」にお金を払ったのです。

面倒な手続きも、ぼったくられる心配も、現地での迷子への不安もない。「トーマス・クックについていけば、最高の休日が約束される」。この信頼感こそが、大衆が外の世界へと一歩を踏み出す最大の呼び水になりました。

現代の地域創生・マーケティングに活かす「クックの知恵」

この世界初のパッケージツアーから、僕たちが学ぶべき最大の教訓は、「優れた観光コンテンツとは、新しいものを作ることではなく、今あるものを『編集』することである」ということです。

地方の観光地や行政の現場では、よくこんな声が聞かれます。

「うちの街には、有名なテーマパークも、誰もが知る絶景もないから観光客が呼べない……」

しかし、本当にそうでしょうか?

トーマス・クックが使った鉄道も、サンドイッチも、ブラスバンドも、もともとイギリスの街に普通に存在していたものです。彼は新しい観光地を建設したわけではありません。すでにある素材を、顧客のニーズに合わせて「組み合わせた(パッケージした)」だけなのです。

  • 地元の人にとっては普通の「あぜ道」を、自転車と地元の農家のお弁当とセットにして「田園サイクリングツアー」にする。
  • ただの「古いお寺」での早朝の読経を、近所の老舗の朝粥(あさがゆ)とセットにして「心身のデトックス体験」にする。

顧客が本当に求めているのは、個々の観光素材(スペック)ではなく、「それらがシームレスに繋がった、ストレスのない最高の過ごし方(体験)」です。

僕たちの足元にある「見慣れた日常」も、旅行者の目線で編集し、手軽に参加できるパッケージに仕立て直すことで、いくらでも一級の観光商品化できる。180年前の19キロの旅は、僕たちにそのことを教えてくれています。

わずか570人、19キロの移動で大成功を収めたクック。
この成功をきっかけに、彼の元には「うちの街でもやってくれ」「もっと遠くへ連れて行ってほしい」という依頼が殺到し、ツアーの規模は数万人規模へと膨れ上がっていきます。

しかし、人数が増えれば増えるほど、旅のトラブルや運営の難易度は跳ね上がります。
次の記事では、そんなお話をしようと思っています。

押し寄せる大群衆を安全にガイドするために、クックが裏側で構築した「徹底的な下準備」と、現代のホスピタリティに通じる「おもてなしの仕組み」の裏側。

また次の記事でお会いしましょう!

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北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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