
グランド・ジャット島の日曜の午後
<シカゴ美術館>
日々の小さな「点」の積み重ねが、お客様の心にひとつの像を結ぶ
パリのオルセー美術館やシカゴ美術館で、ジョルジュ・スーラの絵画の前に立つと、誰もがその画面の異様な質感に釘付けになります。
代表作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』。
縦2メートル、横3メートルを超える巨大なキャンバスに描かれているのは、セーヌ川のほとりで思い思いの日曜日を過ごす人々です。
木陰でくつろぐ貴婦人、パイプをくわえる男、水浴びをする子ども、芝生を走る犬。
全体にはどこか静けさと、永遠に時が止まったような不思議な調和が漂っています。
ところが、その絵にグッと顔を近づけてみると――。
輪郭線はどこにもありません。なめらかな筆の跡すら見当たらない。
あるのは、気の遠くなるような数、何百万、何千万粒という「無数の純粋な色の点」だけです。
赤、青、黄色、緑、紫。
小さな筆先で、ポツ、ポツ、ポツと、まるで印刷機のドットのように、純粋な色の粒が狂気的な密度でキャンバス一面に敷き詰められているのです。
この「点描(ディヴィジョニズム/分割主義)」という技法を生み出したスーラは、印象派の次の世代を担ったポスト印象派(新印象派)の旗手でした。
彼が挑んだのは、ある意味で印象派の「リベンジ」でした。
第2話でお話ししたように、モネたちはアトリエを飛び出し、外の光を素早くキャンバスに捉えようとしました。
しかし、絵の具というものは、パレットの上で混ぜれば混ぜるほど光を失い、濁って暗くなってしまう(減法混色)。
モネたちも絵の具を混ぜすぎない工夫をしましたが、スーラはさらに先、当時の最新の「光学」や「色彩理論」を徹底的に研究したのです。
「パレットの上で色を混ぜるから濁るんだ」
「キャンバスの上には原色の点を並べるだけにして、見る人の目(網膜)の中で色を混ぜ合わせれば(視覚混合)、光の明るさを保ったまま鮮やかな世界が描けるはずだ」
理屈としては完璧でした。
しかし、それを実行するために求められたのは、想像を絶する孤独と忍耐の作業でした。
下書きや習作を何十枚も重ね、計算し尽くした構図の上に、ミリ単位の色の点をひたすら置き続ける日々。
気の遠くなるような手作業を重ね、この巨大な1枚を描き上げるのに、スーラは丸2年もの歳月を費やしました。
残念ながら、スーラはわずか31歳という若さで病に倒れ、この世を去ってしまいます。
けれど彼が遺した点描の画面は、100年以上が経った今も、決して色褪せることのない独特の光を放ち続けています。
「一発逆転の派手な筆遣い」ばかり求めていませんか?
至近距離で見ると「ただの色のツブツブ」にすぎないものが、数歩後ろに下がった瞬間、息をのむほど美しい光の風景として立ち現れる――。
このスーラの点描を見ていると、僕たちのビジネスや日々の仕事のあり方に、とても深くて温かい勇気をもらえます。
いまの世の中は、どうしても「目立つこと」「一発逆転」「劇的なバズ」ばかりが注目されがちです。
「たった1本の動画で、フォロワーを何万人も増やす方法」
「一撃で売上を10倍にする最新マーケティングの裏技」
「短期間で一気に知名度を上げる派手なキャンペーン」
そうした派手で分かりやすい成功法則に目を奪われていると、僕たちはつい焦ってしまいます。
「自分のやっている地味な仕事なんて、何の意味もないんじゃないか」
「毎日コツコツ発信したり、目の前の顧客に丁寧に向き合ったりしても、全然成果が見えない」と、途中で筆を投げ出したくなってしまうのです。
けれど、誰かの心を本当に深く動かし、長く愛されるブランドをつくっている人たちは、みんな知っています。
ビジネスの信頼や世界観というものは、劇的な一発で生まれるものではなく、「気の遠くなるような小さな点の積み重ね」によってしか描けないのだ、と。
あなたが今日打つ「小さな点」は、決して無駄にならない
スーラがキャンバスに打った最初の1粒の赤い点。
それ単体を見れば、「こんな点に何の意味があるんだ?」と誰もが笑ったかもしれません。
10粒打っても、100粒打っても、何が描かれているのか誰にも分からない。
けれど、1万粒、10万粒と打ち続けられたとき、その無数の点は見る人の瞳の中で初めて溶け合い、奇跡のような光の情景となって立ち上がったのです。
あなたのビジネスも、まったく同じ。
今日書いた、たった1本のSNSの投稿やブログ記事。
目の前のお客さんに手渡した、心のこもった手書きのメッセージカード。
誰にも気づかれないかもしれないけれど、丁寧に磨き上げた売り場の棚や、商品の細部。
スタッフとかわした、あたたかい朝の挨拶。
それらはひとつひとつ切り取ってみれば、あまりにも小さく、成果の見えない「ただの点」に見えるかもしれません。
誰からも「いいね」がつかない日もあるでしょう。
でも、安心してください。
あなたが妥協せず、真心を込めて打ち続けたその「純粋な色の点」は、何ひとつ無駄にはなっていません。
ある日、ふとお客さんがあなたのビジネスを少し離れた場所から眺めたとき。
あなたが日々積み重ねてきた無数の点が、お客様の心の中で美しく結びつき、
「ああ、この人から買いたい」「このお店の空気が、たまらなく好きなんだ」
という、かけがえのないひとつの信頼の像(ブランド)として結実するのです。
焦って濁った色を塗りたくる必要はありません。
今日もあなたの信じる色で、キャンバスに丁寧な「点」をひとつ、置いてみる。
その静かな祈りのような手仕事の積み重ねが、やがて誰かの心を照らす、あなただけの唯一無二の光になるのです。
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次回予告:第15話『ただの色の四角形の前で、なぜ大人は涙を流すのか』言葉を尽くしてスペックを語るのをやめたとき、圧倒的な「余白と静寂」が相手の感情を呼び覚まします。
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藤村 正宏
主宰 : エクスペリエンス・マーケティング
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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