教養

アート思考

ビジネスとアート思考:【第10話】音楽を色に変えようとした、カンディンスキーの直感

言葉と理屈を超えて、相手の「五感」に直接語りかけるビジネスへ職業柄なのか、昔からの性分なのか、僕はレストランやカフェ、ホテルや温泉旅館の食事処などに足を踏み入れると、どうしても気になってしまうことがあります。そこの「音環境」や「BGM」です...
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ビジネスとアート思考:【第9話】キャンバスに何もない? マレーヴィチが描いた「黒い四角」

若い頃、僕は百貨店やショップのディスプレイなどを手がけるデザイナーの仕事をしていました。どこの美術館だったのか記憶が少し定かではないのですが、たしか西武百貨店の美術館(セゾン美術館)だったと思う。そこで出逢ったある作品に、僕は強烈に目を奪われました。白い空間に浮かぶ、黒い正方形と、少し傾いた赤い正方形。ロシア・アヴァンギャルドを牽引した画家、カジミール・マレーヴィチの作品でした。そのときの僕は、「高尚なアート」や「深遠な芸術」としてそれを受け止めたわけではありません。デザイナーとしての直感で、ただひたすらに「うわ、なんだこれ、めちゃくちゃカッコいいデザインだな!」と痺れたのです。
アート思考

ビジネスとアート思考:【第8話】原色の激しさに人々が「野獣だ!」と叫んだ日

マティスが描いた絵は、当時の常識から見ればあまりにも下品で、乱暴で、非常識に見えました。けれど、もし彼が「もう少し落ち着いた色にしておこう」「周囲のサロンの絵と調和させよう」と配慮していたら、フォーヴィスムという革新も、僕たちが今も愛してやまないあの心地よい色彩の解放も、絶対に生まれませんでした。ビジネスも、まったく同じです。・「そんなやり方、うちの業界では前例がないよ」と眉をひそめられるような新しい提案・誰もが遠慮して口にしなかった、現場のリアルな本音や違和感を堂々と語ること・自分の直感や美意識を信じて、少し過剰なくらい鮮烈なコンセプトを打ち出すこと周囲から見れば、それは一見「空気が読めない野獣のような振る舞い」に見えるかもしれません。
アート思考

ビジネスとアート思考:【第7話】金箔と装飾に溺れたクリムトの、徹底的なこだわり

40代の頃、僕は横浜にある会社で企画室長を務めていました。新規事業や企画のプレッシャーに追われる日々の合間、息抜きによく通っていた昔ながらの喫茶店がありました。昭和の面影を色濃く残したその店は、ネルで淹れたような濃いめの珈琲を出してくれて、タバコも吸える、僕にとってかけがえのないオアシスのような場所でした。その喫茶店には、ひとつだけ非常に風変わりな特徴がありました。壁という壁に、グスタフ・クリムトの絵のポスターが、さまざまな額に入れられて所狭しと飾られていたのです。棚にはクリムト関連の画集や書籍がずらりと並んでいる。聞けば、女性店主が大のクリムトファンなのだそうでした。
アート思考

ビジネスとアート思考:【第6話】子どもの落書きに還るまでに、80年かかった天才

子どもの頃、釧路の自宅にあった父のアトリエで、たくさんの画集をパラパラとめくるのが好きでした。名だたる巨匠たちの作品が並ぶ中で、小学生の僕の目を釘付けにしたのが、パブロ・ピカソの画集。横顔なのに目が正面を向いていたり、鼻が変な方向へ曲がっていたり、体が積み木のようにバラバラに解体されていたりする不思議な絵。それを見たとき、小学生の僕は無邪気にこう思ったのです。「……あれ? これなら、僕でも描けるんじゃない?」
アート思考

ビジネスとアート思考:【第5話】タヒチへ逃げた銀行員が、本当に描きたかったもの

もし、あなたが誰もが羨むような安定したキャリアと収入を手に入れていたとしたら、それをすべて投げ捨てて、先の見えない夢に飛び込むことができるでしょうか。19世紀後半のパリ。まさにその決断を下し、人生をまるごとひっくり返してしまった男がいました。ポール・ゴーギャンです。実は、ゴーギャンは最初から画家だったわけではありません。彼はパリの証券取引所で働く、非常に優秀な株式仲買人(今でいう金融エリートのバンカー)でした。高給を稼ぎ、美しい妻と5人の子どもに恵まれ、ブルジョワ階層としての豊かで何不自由ない暮らしを送っていたのです。日曜日に趣味で絵筆を握り、印象派の絵画を買い集める「裕福なコレクター兼アマチュア画家」。それが30代半ばまでの彼の姿でした。
アート思考

ビジネスとアート思考:【第4話】絵の具チューブからそのまま叩きつけた、ゴッホの熱量

若い頃、僕はニューヨークで暮らしていた時期があります。休日に足を運んだニューヨーク近代美術館(MoMA)で、忘れられない出逢いがありました。子どもの頃、釧路にあった父のアトリエで画集を開いては、ずっと憧れの眼差しで見つめていたあの絵――フィンセント・ファン・ゴッホの『星月夜』。その「本物」が、目の前の壁に掛かっていたのです。作品の前に立った瞬間、息をのみました。印刷された画集のページでは絶対にわからなかった、圧倒的な「絵の具の厚みと生々しさ」。
エクスマ思考

【観光大学】湿地帯から世界一のリゾートへ — 1920年代ワイキキ開発とアメリカの地政学

ハワイのワイキキは人が作ったビーチだった「ワイキキといえば、ハワイを代表する美しいビーチリゾート」誰もがそう思い浮かべますが、かつてそこがタロイモ畑と大量の蚊が発生する「広大な湿地帯」だったことをご存知でしょうか?1920年代、ワイキキは単に自然発生的に観光地になったのではなく、アメリカ国家の強力な戦略的意志によって計画的に創り上げられたリゾートでした。今回は、ワイキキ誕生の歴史と、その裏に隠されたアメリカの地政学・経済戦略を解説します。
エクスマ思考

陰翳礼讃が頭に浮かんでくる宿『あかん鶴雅別荘 鄙の座』

陰翳礼讃静けさには、意思がある。暗がりにも、思想がある。あかん鶴雅別荘 鄙の座という宿を思い浮かべるとき、僕の頭に自然と立ち上がってくるのは、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』だ。今日、鄙の座で動画撮影をしました。その時、頭の中で思い浮かんだことです...
エクスマ思考

死んだあとに何を遺せるだろう? 内村鑑三に学ぶ人生の“しるし”の残しかた

僕は何を残せるのだろう「ぼくなんか、たいしたことしてないし。」「お金も地位もないし、誰かの役に立ってるとも思えない。」そんなふうに、人生を“ちいさく”見てしまうことって、ありますよね。でも、ある日ふと、こんな問いがよぎるんです。「自分がいなくなったあと、何かを残せるんだろうか?」