誰にでも好かれる無難さを捨てたとき、「偏愛」が最強のブランドになる
40代の頃、僕は横浜にある会社で企画室長を務めていました。
新規事業や企画のプレッシャーに追われる日々の合間、息抜きによく通っていた昔ながらの喫茶店がありました。
昭和の面影を色濃く残したその店は、ネルで淹れたような濃いめの珈琲を出してくれて、タバコも吸える、僕にとってかけがえのないオアシスのような場所でした。
その喫茶店には、ひとつだけ非常に風変わりな特徴がありました。
壁という壁に、グスタフ・クリムトの絵のポスターが、さまざまな額に入れられて所狭しと飾られていたのです。
棚にはクリムト関連の画集や書籍がずらりと並んでいる。
聞けば、女性店主が大のクリムトファンなのだそうでした。

グスタフ・クリムト『接吻』
<1907-1908年>
正直に言うと、当時の僕はクリムトにそれほど強い関心を持っていませんでした。
メジャーすぎるし、金箔をギラギラと使っていて、どこか装飾過多で派手すぎる印象を抱いていたからです。
けれど、濃い珈琲を飲み、煙草を燻らせながらその店に通い詰めるうちに、僕の眼は自然と壁の絵の奥へと吸い寄せられていきました。
あの有名な『接吻』だけでなく、店内に飾られたさまざまな肖像画や風景画、画集のページをめくって目にした作品たち。
見つめているうちに、かつて抱いていた「単なる派手な装飾」という印象はガラリと崩れ去りました。
豪華絢爛な金箔と幾何学模様の奥に、息をのむほど魅惑的な官能と、胸を締めつけられるような切なさが漂っている。
「この描かれている人たちには、どんな物語があるのだろう?」
そう想像をめぐらせるだけで、気がつけば僕は、クリムトという画家の世界にすっかり魅了されてしまっていたのです。
優等生であることを捨て、自分の「偏愛」へ舵を切る
なぜ、クリムトの絵はこれほどまでに人の心を捉えて離さないのか。
それは彼が、徹底的に自らの「偏愛」と「美学」に溺れきった画家だったからです。
実は青年期のクリムトは、ウィーンの美術工芸学校で徹底的な古典教育を受け、劇場の天井画などを手がける「エリート職人画家」として大成功を収めていました。
正確無比なデッサン力と優雅な歴史画で、当時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世から勲章を授与されるほどの優等生だったのです。
アカデミズムのルールの中で生きていれば、一生安泰な富と名声が約束されていました。
それなのに、30代半ばを過ぎたクリムトは、その敷かれたレールをあっさりと蹴っ飛ばしてしまいます。
お行儀の良い保守的な芸術家協会を脱退し、志を同じくする仲間たちとともに「ウィーン分離派」を立ち上げたのです。
掲げたスローガンは痛烈でした。
「時代にはその芸術を、芸術にはその自由を」
古くさい伝統のルールを脱ぎ捨てたクリムトが向かったのは、自分の内なるフェティシズムや美意識の世界でした。
生と死、エロティシズム、女性の妖艶な美しさ、そしてイタリアのラヴェンナで心奪われたビザンティン・モザイクの黄金の輝き。
ウィーン大学の大講堂のために依頼された天井画では、あまりにも生々しい肉体と哲学的な死の影を描き、「学問への冒涜だ」「ポルノグラフィだ」と大スキャンダルを巻き起こして、受け取りを拒否される騒動まで起こしました。
それでも彼は、世間の顔色をうかがって表現を薄めることなど絶対にしませんでした。
むしろ、金箔と過剰な文様にさらに溺れるようにして、誰にも真似できない「黄金の世界観」を研ぎ澄ませていったのです。
「誰にでも好かれる無難さ」が、価値を消していく
クリムトの徹底した過剰さ、そして僕が通ったあの横浜の喫茶店を思い出すとき、ビジネスの現場で僕たちが陥りがちな罠が浮き彫りになります。
それは、「できるだけ多くの人に嫌われないように、無難な平均点を目指してしまう」ということです。
・「万人受けするデザインにしよう」と角を丸くした結果、誰の印象にも残らないパッケージ
・客層を広げようとして、「あれもこれもできます」と詰め込んだ、特徴のないサービス
・誰からも批判されないように配慮し尽くした、体温のない広告コピー
ビジネスの現場では、「なるべくターゲットを広く取れ」「リスクを減らせ」という合意形成がよく行われます。
けれど、そうやって作られた「八方美人な商品」は、誰からも嫌われない代わりに、誰からも深く愛されることはありません。
選択肢が無限にある今の時代、80点の無難なものは、存在しないのと同じです。
お客様が求めているのは、「そつのない平均点」ではなく、「つくり手の偏愛が息づく、唯一無二の世界観」なのです。
「偏愛」を突き詰めてみる
僕が好きだったあの横浜の喫茶店も、もし「万人受けする無難な店」を目指していたら、壁一面にクリムトのポスターを貼るなんて暴挙には出なかったはずです。
「絵画に興味がない客が引いてしまうかもしれない」と理屈でブレーキをかけていたでしょう。
でも、女性店主の純粋なクリムト愛が空間の隅々にまで満ちていたからこそ、そこはチェーン店には絶対に真似できない、居心地の良い独特の空気感を放っていました。
最初は関心のなかった僕のような客さえも、いつの間にかその熱気に巻き込まれ、魅了されてしまったのです。
あなたのビジネスには、あなただけの「過剰さ」や「偏愛」があるでしょうか。
・「そこまでこだわらなくても、誰も気づかないよ」と周囲から笑われるような細部
・採算の計算を超えて、空間やデザインの美しさに徹底的に投資すること
・自分の好きなカルチャーや哲学を、隠さずに全面に押し出す
一見すると、効率重視のビジネスからは遠回りに見えるかもしれないけど、そうした「狂おしいほどのこだわり」や「独自の美意識」が隅々にまで染み渡ったとき、商品は単なるモノを超えて、ひとつの「物語」になります。
価格やスペックで比較される競争から抜け出すための最強の武器は、他社との細かな違い(差別化)ではなく、あなた自身の偏愛がにじみ出た、コピー不可能な「らしさ」。
誰にでも好かれようとするのは、やめ、あなたが心から美しいと信じる金箔を、堂々とキャンバス一面に貼りつければいい。
その突き抜けた熱量と美学にこそ、本当に価値を分かち合える人たちが、深く引き寄せられていくのだと思うのです。
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次回予告:第8話『原色の激しさに人々が「野獣だ!」と叫んだ日』空気を読んで周囲に合わせるのをやめたとき、あなただけの「原色」が目を覚まします。
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藤村 正宏
主宰 : エクスペリエンス・マーケティング
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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