
パブロ・ピカソ『アヴィニョンの娘たち』
<1907年>
「僕でも描ける」の向こう側にある、偉大なブレイクスルー
子どもの頃、釧路の自宅にあった父のアトリエで、たくさんの画集をパラパラとめくるのが好きでした。
名だたる巨匠たちの作品が並ぶ中で、小学生の僕の目を釘付けにしたのが、パブロ・ピカソの画集。
横顔なのに目が正面を向いていたり、鼻が変な方向へ曲がっていたり、体が積み木のようにバラバラに解体されていたりする不思議な絵。
それを見たとき、小学生の僕は無邪気にこう思ったのです。
「……あれ? これなら、僕でも描けるんじゃない?」
なにしろ、大人が描いたとは思えないほどヘンテコで、自由奔放な落書きのように見えたからです。
面白がって、画用紙を広げてピカソの真似をして描いてみたこともありました。鼻を横に向け、目をふたつ並べて描くだけで、なんだかそれっぽい絵になるのが可笑しくてたまらなかった記憶があります。
けれど、大人になって美術の歴史を学び、ピカソという人物の足跡を知れば知るほど、あのときの自分の浅はかさに驚愕することになりました。
あれは、「下手だから子どもみたいに描いていた」のでは決してありません。
人類の美術史において、誰も成し得なかった途方もない「大発明」だったのです。
ラファエロのように描けた少年が、壊したかったもの
ピカソについて語るとき、絶対に知っておくべき事実があります。
それは、彼が「最初からとんでもないデッサンの超天才だった」ということです。
美術教師だった父親のもとで英才教育を受けたピカソは、10代前半にして、ルネサンスの巨匠たちと肩を並べるほどの超絶技巧を身につけていました。光と影を完璧に操り、人物の肉体や布の質感を本物以上にリアルに描き出す技術を、子どものうちに完全にマスターしてしまっていたのです。
のちにピカソ本人がこう述懐しています。
「子どもの頃、私はすでにラファエロのように描くことができた。だからこそ、子どものように描けるようになるまでに、一生涯かかったのだ」
完璧な技術を手に入れたピカソにとって、「目の前のものをそっくりに、上手に描くこと」は、すでに退屈な作業にすぎませんでした。
技術を極めた彼が挑んだのは、なんと「その完璧な技術を、自分自身の手で徹底的に破壊すること」だったのです。
第3話で触れたセザンヌの「複数の視点」からヒントを得たピカソは、盟友ジョルジュ・ブラックとともに、ある前代未聞の表現を生み出しました。
それが「キュビスム(立体派)」です。
1907年、彼が発表した『アヴィニョンの娘たち』を見た当時の人々は、腰を抜かさんばかりに驚き、呆れ果てました。
描かれていたのは、幾何学的なブロックのように切り刻まれ、正面と横顔が同時に貼り合わされた、グロテスクな女性たちの姿だったからです。仲間だった画家たちですら「ピカソは頭がおかしくなって首を吊るんじゃないか」と心配したほどでした。
しかし、ピカソがやったのは、対象をあらゆる角度から同時に観察し、頭の中で解体して、ひとつの平面の上に再構築するという「空間認識の革命」でした。
何百年もの間、西洋絵画を縛り続けてきた「ひとつの視点から、綺麗に見せる」という当たり前の常識を、粉々に打ち砕いてしまったのです。
「小器用な大人」になりすぎていませんか?
小学生の僕が「僕でも描ける」と感じたあの絵の裏には、既存のルールを極限まで知り尽くした天才が、あえてそのルールを脱ぎ捨てるという狂気的な挑戦がありました。
このピカソの歩みは、いまの僕たちのビジネスや仕事のあり方に、鋭い問いを投げかけてきます。
僕たちは経験を積み、大人になるにつれて、どんどん「お利口で、小器用な仕事」ができるようになっていきます。
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業界のセオリーに沿った、減点されない無難な企画書をつくること
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先輩や上司の顔色をうかがい、「前例通り」にそつなくこなすこと
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「どうせ無理だろう」「費用対効果が合わない」と、頭の中で先に結論を出して小さくまとめること
失敗しないための技術や知識が身につくほど、僕たちの頭はカチコチに固まり、子どもの頃に持っていたはずの「無邪気な発想」や「変なことを面白がる好奇心」を失っていきます。
いわば、「綺麗にまとまったデッサン」を描くことばかりに囚われて、自分のキャンバスをどんどん窮屈にしてしまっているのです。
「当たり前」を一度、バラバラに解体してみる
ビジネスにおいて、本当のブレイクスルーを起こす人たちは、ピカソのように「業界の当たり前」を疑う視線を持っています。
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「なぜ、この商品はこういう形じゃなきゃいけないのか?」
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「なぜ、この業界ではこの売り方が常識になっているのか?」
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「正面から見るのをやめて、真裏や真下から眺めたらどうなるだろう?」
ピカソが人物の顔を正面と横顔から同時に描いたように、僕たちも普段見慣れている商品やサービスを、一度頭の中でバラバラに解体してみるのです。
別々の要素をくっつけてみたり、当たり前の手順をひっくり返してみたり、子どものような無邪気さで「もしこうだったら面白くない?」と面白がってみる。
周囲からは一見、「そんなの滅茶苦茶だ」「落書きみたいな思いつきだ」と笑われるかもしれません。
でも、誰もが疑いもしなかった前提を壊した場所にしか、次の時代の新しいスタンダードは生まれないのです。
知識やノウハウを身につけることは、もちろん大切です。
けれど、本当に面白い仕事を始めるためには、時にそれらの「大人の鎧」を軽やかに脱ぎ捨てる勇気が必要です。
「僕でも描けるんじゃないか?」と目を輝かせていた子どもの頃のあの視線を、もう一度、仕事の真ん中に呼び戻してみよう!
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次回予告:第7話『金箔と装飾に溺れたクリムトの、徹底的なこだわり』誰にでも好かれる無難さを捨てたとき、狂おしいほどの「偏愛」が最強のブランドをつくります。
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藤村 正宏
主宰 : エクスペリエンス・マーケティング
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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