ビジネスとアート思考:【第15話】クリストの『梱包された風景』に見る、目に見えない「本質」と出会う力

自宅の机の前
クリストのリトグラフ作品

「世の中にとんでもないことを考えるやつがいるな」

高校生の頃、ある画集を見て「世の中にとんでもないことを考えるやつがいるな」と強い衝撃を受けたアーティストがいます。

現代美術家のクリストです。

彼がやったことといえば、オーストラリアの海岸を布で丸ごと梱包してロープで縛ったり、谷の間に巨大なカーテンを張ったり、カリフォルニアの砂漠に40キロメートルもの布のフェンスを立てたり、フロリダの海に浮かぶ11の島をピンクの布で囲んだり……。

海岸の梱包(ポスター)

初めて作品写真を見たとき、正直「こいつバカなんじゃないか?」と思いました。
でも、同時に強烈に惹きつけられた。

フロリダの島の梱包

「この人は、布で覆うことで一体何を見せようとしているんだろう?」と、好奇心が止まらなくなったのです。

それ以来すっかり彼のファンになり、スケッチのリトグラフを手に入れて今も仕事机のそばに置いているほどです。

10年かけて交渉し、たった2週間で姿を消す

クリストのプロジェクトは、とてつもない情熱と徹底した思想で成り立っています。

例えば、フランス・パリで最古の橋「ポンヌフ」を丸ごと布で包み込んだプロジェクト。

橋が布に覆われていたのは、わずか2週間だけです。しかし、パリ市の許可を取り、環境や周辺への影響を調査し、実現にこぎつけるまでに実に10年もの歳月を費やしています。

ポンヌフの梱包

しかも驚くべきことに、クリストは美術館や公共事業、企業からのスポンサー料を一切受け取りません。
何十億とも言われる莫大な費用は、すべて自分たちが描いた準備段階のドローイングや版画を売って工面した自前のお金です。他人の意図や妥協を一切挟まず、純粋に自分の表現を貫くためです。その姿勢そのものが、強烈なメッセージを放っています。

茨城の田んぼで目撃した「見慣れた景色の解体」

茨城県で実施した
「アンブレラ」

日本でも1991年に『アンブレラ』という大規模なプロジェクトが行われました。

稲刈りが終わった茨城の田んぼに、高さ6メートル、直径8メートル以上もある青い巨大な傘を1,340本も立てたのです。

僕はこの時、実際に現場へ見に行きました。
車を走らせて現地に着いた瞬間、完全に息を呑みました。

いつも見慣れているはずの日本の田園風景の中に、鮮烈な人工の傘がどこまでも連なっている。見慣れすぎて誰も意識しなくなっていた「田んぼの地形」や「空の広がり」「大地のうねり」が、青い傘が置かれたことによって、まるで初めて見るかのように鮮明に立ち上がってきたのです。

この時、一緒に行った僕の岳父(当時80歳くらいで、ずっと郵便局長を務めていた真面目な父です)が、傘の並ぶ景色を見て深く心を揺さぶられていました。アートなんて全く縁のない人生を歩んできた人が、言葉を失ってその空間に見入っている。

その姿を見て、「人の知覚や思い込みを揺さぶるアートの力って、本当にすごいな」と肌で実感しました。

「包む」ことで、隠された本質を露わにする

クリストはもともと、バイクやドラム缶、椅子といった身近なものを布で包む「梱包」から出発した作家です。

例えば、ギターを布で包んで紐で縛る。形を見れば誰もが「ギターだ」と認識します。しかし、布で遮られて中身が見えない以上、「これは本当にギターなのか?」という疑いも生まれます。

僕たちは普段、物の表面的な形やラベル、名前だけを見て、「分かった気」になって過ごしています。

しかし、クリストがあえてそれを布で隠すことで、皮肉にも「そのものの本当の輪郭」や「存在そのもの」が意識の前面に浮かび上がってくる。

「お前たちが目で見ている表面的なものは、本当にその本質なのか?」
「見慣れているせいで、見失っているものはないか?」

そんな深い問いかけが、やがて海岸や橋、大地そのものを包む壮大な試みへと広がっていったのです。
自然界にない色や布を持ち込み、見慣れた景色を一度リセットする。そうすることで、「僕たちが普段どれだけ無意識に、当たり前や固定観念というフィルターを通して世界を見ているか」に気づかせてくれるのです。

ビジネスにおいて「当たり前」を疑うということ

この「目に見えない本質を探求する思考」は、そのまま僕たちのビジネスに直結します。

「うちの業界の普通はこうだから」
「この商品はこういうものだから」
「これまでずっとこのやり方でやってきたから」

そうやって当たり前に受け入れている前提こそが、実は本質を見えなくさせているフィルターかもしれません。

  • 表面的なスペックや機能の奥にある、顧客が本当に求めている「本質的な価値」は何だろう?
  • 業界の「当たり前のルール」を一度覆い隠してみたら、どんな新しい関係性が見えてくるだろう?

過去の常識に安住せず、見慣れた景色を疑い、その奥にある本質を問い続けること。

クリストの作品は、表面的な思い込みから僕たちを解き放ち、「物事の真ん中を見る視点」を静かに教えてくれているのだと思います。

 

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北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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