日本人の感性はハイコンテクスト

桜は散り際が美しい

桜が散り始めている東京です。
桜の時期で一番好きなのが、この散る時期。
本当に日本人だなと思う。
たぶん日本人以外には、桜の散る美しさを感じられないのではないかと思う。

水面に散る桜のはなびら

水面に散る桜のはなびら

ボクら日本人は、ハイコンテクストな文化を持っている。
それは地理的に閉鎖された国土で、同じ民族が同じコンテクスト(文脈)でコミュニケーションしていたからだろうと思う。
それで、日本語は複雑で、ハイコンテクストな言語になったわけです。
あ、うんの呼吸というように、すべて語らなくても伝わる、とか、微妙な差異を楽しむとか。
それに比べ、英語はローコンテクストな言語です。
あなたという二人称は、英語では「YOU」しかありません。
日本語二人称だけでも、ものすごくたくさんあります。
良し悪しの問題ではなく、国が成立する過程で、そう成らざるを得なかった。

言語が、文化や感性に影響を与えるっていうのは、うなずけますよね。

日本は季節を二十四に分け、せせらぎの音や秋の虫の音も美しいと感じる。
夏のうるさいほどの蝉の声で「静けさ」を感じたり、庭のししおどしで空間に凛とした雰囲気を出す。
陰翳を生活空間に取り入れ、微妙な闇を演出する。
本当にハイコンテクストな文化なのです

だから、桜の散る様子を美しいと感じるのは、日本人の感性なんだと思う。
もし、桜がこんなふうに散らず、ボタボタと落ちるような花だったら、歌人たちも、桜の歌を詠まなかっただろうなと思う。

願わくば花のもとにて春死なむ

桜といえば、いつも思い出す和歌があります。

願わくは
花のもとにて
春死なむ
その如月の望月の頃

桜の歌人ともいわれている、西行の有名な歌です。
平安時代末期に活躍した人です。
できることなら、桜の花の満開の春に死にたい。
如月(二月)の満月のころに。

現代後で言うとこんな感じですかね。
桜が二月っていうのは、現代人のボクたちにはピンときませんが、如月、二月はもちろん旧暦です。
三月中旬から前後20日間くらいです。

西行というの歌人は桜の歌をたくさん詠んでいます。
梅の歌にくらべたら、断然、桜のほうが多い。
きっと、あの散り際の美しさが、西行の感性を揺さぶったのだと思う。

ボクはあと何年生きるのかはわかりません。
もしあと30年生きるのだとしたら、この桜の風景は、30回しか見られないわけです。
それが多いのか少ないのかはわからないけど、いつもこの季節になると、思うことです。
この美しさをしっかりと心に感じるようにしようと思うんです。
この世から去るときまで。

桜の散る風景を見ていて、思ったことは、概ねそんなことです。

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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