ブランドとは思想 〜シャネルの遺伝子とは?

長文ですけど、金曜の夜なのでいいか。ゆっくり読んでください。

コンセプトを伝えることが使命

この名前は成功したネーミングだよな~
そう思った商品があります。

「ドルチェ・ヴィータ」

最初にこの名前を聞いた時、ちょっとしびれました。
イタリア語で「甘い生活」。
響きも、深いところにある意味も、とってもいい。
フェリーニ監督の映画に同名の名作がありますが、この名前の商品なんだと思います?

ボクが描いたドルチェヴィータ

ボクが描いたドルチェ・ヴィータ

万年筆なんです。
万年筆なんていう時代遅れの商品だからこそ、それで手書きの文字をつづることが、甘い生活なんだっていう、勝手にボクは想像力を働かせたわけです。
さすがイタリア人、おしゃれです。
商品の意味合いをうまく表現していて、さらに音の響きもいい。

ヨーロッパの人たちは、本当に粋なネーミングをするな~、と関心してしまいます。

やっぱりそう思ったネーミング。

あえてネガティブなイメージのネーミングで成功

「エゴイスト」

これも素晴らしいネーミングです。
あの世界的ブランド『CHANEL』の、男性用香水のネーミングです。

シャネルが25年くらい前に実施した、「エゴイスト」のための巧みなマーケティング・プロモーションの話をご存知でしょうか?
伝説的なマーケティングといわれ、大成功した物語です。

1991年1月に、女性雑誌『HANAKO』に2週にわたって、この「エゴイスト」のマーケティングのことを、エコノミストの荻原博子さんが書いています。

「香水<エゴイスト>の奇跡のマーケティング戦略」

そういう記事です。
読み返してみると、とても気づきのある記事でした。

だいたい「エゴイスト」という、一般的にはネガティブなイメージのコトバを、香水といえども商品名にするという行為は、とても普通には考えられませんよね。
大冒険です。
だってエゴイストっていえば、自己中心的、利己的、自分勝手、そういうふうにとらえられる言葉だからです。
まさにシャネル。
大胆ですね。

シャネル社のマーケティングチームがこの新商品にネーミングをするときに考慮したのは、以下の5点でした。

1:トレンド(流行)にのって売れるネーミングではなく、永遠にインパクトをもつネーミングであること。
2:男だけがもっている要素であること。
3:世界中に共通して受け入れられること。
4:シャネルのもつエスプリのエレガンスや、知的な響きを表現できるインパクトをもった言葉であること。
5:女性に認められるネーミングであること。

世界中の女性に対して、男性の魅力というのをインタビューして、多くの女性が共通してもっていることが浮かびあがってきた。
「魅力のある男ほどエゴイストだと思っている」そういうこと。
次に、古今東西の歴史に登場するエゴイストとそれに関する膨大な言葉を探し始め、ネガティブな意味でのエゴイズムではなく、歴史を動かしてきた男性のエネルギーのエゴイズムを発見。

それから約2年間かけてそれらをブラッシュアップし、「エゴイスト」というコンセプトとネーミングが決定された。

社員をファンにするという考え方はこれから重要

商品コンセプトとネーミングが決定されたあと、社内にコンセプトを伝える。

「インターナショナル・プレゼンテーション」

全世界から、マーケティング担当者、広報・広告担当者、営業責任者を集め、新商品である男性用香水「エゴイスト」に関するプレゼンテーションを行ったんです。
このときには世界中から700名をこえるスタッフが集まった。
どういうプレゼンテーションだったかを、前述の萩原博子さんの記事から引用してみます。

【700名の国籍の違うスタッフは、心理学者、ニュースキャスター、作家、シャネル社のマーケティング・マネージャーらの掘り下げたパネルディスカッションによって、男の香水の歴史やエゴイズムについて、商品開発の過程など、さまざまなメッセージを受け取り、基本理解を深めた。
会場には、世界の著名なエゴイストの写真が展示され、「エゴイストの部屋」と銘打って、シャネル社がエゴイストと呼ぶ男のライフスタイル視覚的に見せるような部屋も作られた。】<HANAKO 1991年1月24日号>

さらに会場ではその後、莫大な予算をかけたコマーシャルフィルムが流され、みんな興奮に包まれたんです。
30秒のCMと、それを作るための膨大な時間をかけた記録、メイキング・オブ・エゴイストが上映されました。
たくさんの美しい女性たちが大邸宅の窓を次々と開け、口々に「エゴイスト!」と叫ぶ、そういうCMです。
それに参加したスタッフはみな、この新商品のコンセプトを素晴らしいと思い、熱狂的にこの新商品を迎え入れたわけです。

すごいですよね。

このインターナショナル・プレゼンテーションの意味は、まず社内にコンセプトを共有させるってことなんです。

「いくら商品だけあっても、その商品の背景にあるシャネルのコンセプトが、全世界で実際に販売している人、ひとりひとりに伝わらなければ、マーケティングは成功しない。」

これがシャネルの考え方なんですね。

「私たちは商品を売っているのではない。商品の背景にあるシャネル社のコンセプトを売っているのだ」

そういうことです。
そういえば以前、シャネルの店長をしていた女性が言っていました。

「シャネルはまず、私たちスタッフを自社のファンにしてしまうんです」

これって、会社にとってすごく重要なことです。
社内にコンセプトが伝わっているのといないとのでは、確実に業績にちがいが出てくる。
商品のコンセプト。
どうしてこの商品を売っているのか?
会社のコンセプト。
ウチの会社はどうしてこのビジネスをしているのか?
そういう基本的なことを、従業員ひとりひとりに浸透させなければ、成功なんて無理です。

ありとあらゆる手段で世の中に伝える

社内にコンセプトを伝えた後、今度はシャネルのお客さまに伝えなければなりません。
特に日本では、このマーケティング戦略は重要でした。
なぜなら、和を尊ぶ日本の社会に、「エゴイスト」という、とんがったコンセプトを浸透させなければならないからです。
日本では「個」よりも「和」のほうが尊重される。
エゴイストという言葉が、身勝手や、自己中心というネガティブなイメージで捉えられる心配があるわけです。

まずシャネルは、さまざまな雑誌にはたらきかけた。
男性の復権ということが、関心事になっていた時代でもあったからか、雑誌社は「エゴイスト」を取り上げました。

「ブルータス」は「淋しい男~エゴイストはもてる」という特集を、「ダカーポ」は「男の魅力とは何か・・・エゴイストの時代の復活」という特集で誌面を作ったんです。

ほかにも「ターザン」「クレア」「クリーク」などなど、時代を切り取り、流行を発信する雑誌がこぞって「エゴイスト特集」を組んだ。
新聞広告、電車のつり広告・・・何誌もの雑誌がいっせいに、ネガティブではない男性の魅力といしての、「エゴイスト」という言葉を広めていったのです。

でもそこには、シャネルのことはもちろん、新商品「エゴイスト」のことも紹介されていませんでした。

マスコミ関係者が「エゴイスト」という言葉に、何か新しい時代の息吹を感じはじめたころを狙って、シャネルは新商品のプレス発表を行ないます。
当時この三井倶楽部で行われたプレス発表に出席していた、ボクの友人の元シャネルスタッフの話です。

「招待状にも、一切エゴイストという商品名は入っていませんでした。フランスの本社で行われたみたいに、世界中の女性へのインタビューのフィルムが流れ、美女たちが『エゴイスト!』と叫ぶCMが上映されました。フォトギャラリーには歴史上のエゴイストたちの肖像が並び、作家の景山民夫さんがプロデュースしたエゴイストの部屋が作られていていました。ともかく今までこんなプレス発表は、誰も体験したことがなかったでしょう。多くのマスコミ関係者は、息をのみ、興奮して、シャネルの新商品『エゴイスト』を受け入れたのです。」

ネガティブイメージのある言葉を、カッコいい言葉にもっていく、シャネルのマーケティング手法は、見事としかいいようがありません。
もちろんそこには、莫大な予算とたくさんのスタッフのエネルギーが注ぎ込まれています。
これは覚悟の表れでもあった。

ブランドとは遺伝子を伝える行為

シャネル001

『社会の価値観を変え、時代を切り開いていく。』

そこにはシャネルの発祥から現代まで脈々と受け継がれている、こういう遺伝子があるのです。

今や、スーパーブランドになっている『CHANEL』は、エルメスとかルイヴィトンとかの、ほかのスーパーブランドとは、成り立ちがちがいます。
エルメス、ルイヴィトンが王侯貴族御用達という伝統、いわゆるロイヤルイメージに支えられてブランドになったのに対し、シャネルはちがいました。
たったひとりの天才デザイナー。

『ガブリエル・シャネル』

1920年代の疲弊した社会に、モードの革命を起こした女性です。
ガブリエル・シャネルの登場は、世の中を変えました。

それまで女性服というのは、装飾が中心だった。
男性から見た女性の価値観で作られていた。
ゴテゴテとした装飾過多の服だったのです。
それを、シャネルはすっきりとした動きやすいデザイン。
女性らしいエレガントな色使い、くるぶしを出したスカート。
そういう女性モードの歴史上、革新的なことをやったんです。
新しい時代にふさわしい女性のためのファッションをつくりだした。

それまで常に男性の付属物という位置づけだった女性を、シャネルは、個性のある、自立した人間として捉えたんです。
まさに「女性の自立」「女性の解放」、そういう社会的意味もあったわけです。

そのほかにも、シャネルはさまざまな革新的なことをじやりました。
下着や靴下にしか使われなかった素材、「ジャージ」を服に使う。
喪服でしか使わなかった色、「黒」を日常のファッションに導入。
服だけでなく、アクセサリー・化粧品・香水などを総合的に組み合わせた、「トータルコーディネート」という概念をはじめてファッション界に持ち込んだ。
こうみてくると、現在のファッションが当たり前にやっていることの起源は、すべてシャネルがやったこと、というのに気づきます。

パリで大成功したシャネルは、その後、前衛芸術家たちのパトロンとなります。
画家のピカソ、ブラック、ダリ。
音楽家ではエリック・サティ、ストラヴィンスキー。
詩人のジャン・コクトーや、バレエのディアギレフなどなど。
そしてパリに女王として君臨するのです。
意図していたかどうかは定かではありませんが、シャネルは常に「既成概念」に挑戦しつづけたんです。

シャネルの遺伝子は「自由」と「革新」。

現在でも、そのコンセプトはシャネルに息づいています。
今も変わらずスーパー・ブランドとしてのリーダーポジションを確立しているのは、その遺伝子がしっかりと受け継がれているからです。

マーケティング調査して、世の中に受け入れられる商品をつくっていては、ブランドになれません。
流行にとらわれて、流行を追いかけていては、ブランドなんて創出できないのです。
ブランドというのは、愚直なまでの思い込みと、一貫したコンセプト。
そしてそれをつねに発信しつづけること。
それが必要なのです。
誰がなんといおうとも、これだ。
そういう独自の価値観と思想。
これがブランドの命なのです。

『ココ・シャネルぬきで「ブランド」を語るのは、シェイクスピアぬきで演劇について語るようなもの。』

これは以前聞いた誰かの言葉ですが、ブランドということを考える時にシャネルのやってきたことはとっても参考になります。

自分の会社をブランドにしたい。
自分の商品をブランドにしたい。
ブランドはどうやったらできるのか。
ブランディングのことを知りたい。

そう思っている人は、たくさん出版されているシャネルの伝記を読むといいでしょう。
いちブランドの創始者が、服飾関係、ビジネス関係の研究書だけでなく、伝記になるというのは、異例といえば異例のことです。
それだけシャネルがやってきたことが語り継がれるだけの、『特別な意味』があったってことです。

この男性用香水「エゴイスト」は、現在でも世界中で売れています。
シャネルの定番になっている。
目先の利益や、流行にとらわれていないんです。
同じ量を10年で売るより、値崩れさせず、100年かけて売る。
それがホンモノを見分けられるお客さまに、飽きられない真のブランド力なのです。

「シャネルはシャネル。誰もやらなかったことをやってきたデザイナーです。だから何かをやるときには、誰もやらなかったことをやっていきたい。人まねしたり、後を振り返ったりばかりいたら、リーダーポジションは取れません。」<HANAKO 1991年1月24日号>

シャネルのマーケティング責任者の言葉です。
とても気づきのある、含蓄がある言葉ですね。

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以前出版した本「売れる!伝わる!ネーミング」<PHP新書>から、おもしろい記事だと思って抜粋しました。

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藤村 正宏
1958年、北海道釧路生まれ。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。集客施設や企業のコンサルティングを行っている。コストをあまりかけない、誰でもカンタンにできる手法で、圧倒的な成果をあげている。 執筆活動、講演活動もする。現在フリーパレット集客施設研究所主宰。

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