あなたが成功するために最初にしなければならないコト

ゴールデンウィークですね。
長いお休みなので、ボク自身こコトについて書きます。
この間も、「もう自伝は書かないのですか」というお問い合わせがあったので、きっと読んでくださっている人もいると思うし、ボクが経験してきたことも、何らかの参考になる人もいるかもしれないので。

高校3年生夏の衝撃的な出来事

ボクが演劇を志したのは、高校3年生の夏休みのことでした。
当時ボクはあまり優秀とはいえない学生だった。
どっちかというと、「不良」。
バイクを乗り回し、タバコを吸い、他校の女の子と遊び、麻雀にもはまっていた。
そして、大人に交じって、JAZZ喫茶に通っていた。

高校の時から好きだったモノ

高校の時から好きだったモノ

そういう不謹慎な高校生に天罰が下ります。
夏休みに友人とバイクに乗っていて、車とぶつかった。
右足首複雑骨折。
全治5か月の重傷。

釧路市立病院で長い手術を受け、ベッドの上で目覚めた時には、最初何があったのかがわからなかった。
冷静になってから、いろいろと考えた。
両親や家族、友人などにたくさん迷惑をかけてきた。
このままではダメな一生になるな。
そう反省したわけです。
人間痛い目に合わないと、わからないんですよね。

「ちょっとタイミングが違ったら、死んでいたかも」

そう思った。
人間はいつなんどき、人生が終わるかもしれないんだ。
17歳の藤村少年は釧路市立病院のベッドの上でそう痛感したのでした。

ターゲットをせまく設定した

だったら、悔いのない人生にするために、好きなコトをしよう。
そう思った。
でもここで問題。
「自分の好きなことってなんだ?」
そういうこと。
当時のボクは、自分の好きなコトって言われてもよくわからなかった。
入院している3週間。
ボクはそのことについて考え続けました。

当時好きなことは、JAZZ、現代文学、アート、映画、バイク、ファッション、女の子・・・etc.
そんな好きなことやって、人生うまくいくわけないじゃん。
そう思った。
でも、いずれ死ぬんだから、好きなコトをしよう。
そして考え続けました。

ある日ベッドの上で「演劇だ!」とひらめいた。
北海道の短い夏も終わりかけ、光と風に秋の気配が漂いはじめた8月の終わり頃です。
演劇という芸術は、文学の要素、音楽の要素、美術の要素、ファッションや映画の要素。
みんな持っている。
すごい芸術だって、そう思ったわけです。
演劇を勉強しよう。
そういう決意をしたわけです。

高校3年のその時点で、完全に落ちこぼれ組に入っていたボクは、ある意味開きなおりもあった。
思い切り、人とはちがうことをしてやろう。
クラスメイトたちは、大学の進路を、医学や理工学、政治、経済、文学、などなどを志望していた。
演劇学を志望している人間はいなかった。
ボクはこのせまいターゲットを設定したのです。
そしてどうせ演劇を勉強するのなら、東京に行く。
演劇を勉強する環境は、日本の都市の中で一番環境が整っていると思った。

当時、アングラ演劇がブームでした。
状況劇場、天井桟敷、自由劇場、黒テント・・・
東京ではそういう演劇が盛んに行われ、たくさんの観客を動員していた。

演劇を勉強できる大学は・・・?
当時、東京で演劇学があるのは、早稲田、明治、日大芸術学部。
難関です。
明らかに難関です。
だって当時のボクの偏差値は、40弱ですから。
到底、そのあたりの大学は、超がつくほど難関。

量をこなすことで質が向上することを体験

でもしょうがない。
そのどこかに入らなければ演劇を勉強できないのですから。
現役での合格はできないとあきらめました。
そのかわり、一年浪人して、その時には必ずその3つのうちに入ろう。
そう思って、必死に勉強をはじめました。
そして、一浪の後、明治大学に合格したのです。

好きなことのためだったら、努力は努力でなくなる。
努力というコトバではなく、楽しみになるのです。

本当に睡眠時間を削って、一日中、大学受験術を学びました。
英単語、過去に出題された問題。
繰り返し繰り返し、大量の試験問題をやって、間違った問題のどこがミスだったのか、どこの知識が足りないのかを、
本当に「量」が大切です。

そのおかげで明治大学に合格したのですが、明治の試験を受けた途端、合格すると思った。
だって、英語の試験問題と国語の試験問題はすべて、一度解いたことのある問題だったから。
たぶんほぼ満点です。
当時の大学受験の問題は、同じような問題を数年間繰り返し使っているものです。
大量の過去問題をやっていたら、同じ問題があるのです。
日本史はもともと好きな科目だったので、かなりいい点数だから、これで落ちたら誰が合格するんだ。
入試が終わったあと、そう思ったくらいです。

カンタンに言うと、どんな問題が出ても正解を出せるように、大量の情報収集をしていたわけです。
そして、その情報を丹念に、しつこいくらい繰り返し分析した。
だから、ものすごくカンタンだったわけです。

明治だけでなく、早稲田の英語と国語もほぼ満点でした。
ただし、日本史がいけなかった・・・手を抜いていた時代がけっこう多く出た。
日本史は70点くらい。
このため不合格。
侮っていました。
油断は大敵ですね。

そういう経緯で演劇を志した。

今振り返ってみるとボクは性格的に、人とはちがうことに価値を見出すようです。
みんながやらないことをする。
みんなと違うことをする。
そういう性格。
演劇学なんて、一見ビジネスに役立たないコトは勉強しようとしない。(当時は)

好きなコトをするためには、それなりのことをしなければなりません。
でも、好きなコトのスキルを高めることや、好きなコトの専門家になるということは、努力じゃなく楽しみですから。
嫌いなことをやっていて、成功するのは、まず、無理です。

あなたが、ビジネスで成功したかったら、好きなことは何かを、真剣に考えることです。

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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