3月の終わり頃から体調を崩して、家のベッドの中で1週間くらい過ごしていた。
ほとんど寝ていたのだが、夜中にふと目覚め、眠れなくなることもあった。
そんな時、ストリーミングの映画やドラマを見る気もしない。
本を読もうと思うのだが、ビジネス系や学問系の本は見たくない。
かと言って、軽い小説やエンタメ小説もダメ。
具合が悪い時に、陽気な雰囲気のものや、頭の使うミステリーも読みたくない。
ベッドの周りに積み上げてある本の山から、芥川龍之介の文庫本を手に取る。
晩年に書かれた『河童・ある阿呆の一生』を読む。
その本の最後の小説が『歯車』。
芥川の死後に発表された、遺作と言ってもいい小説。
ともかく暗い・・・しかし
その暗さが、病気の身にとても心地いい。
読み終えたとき、胸の奥に鉛のような重さが残った。
それは、主人公の“僕”が抱えていたものと、どこか似ている気がした。
この小説は、日常と幻想の境目が曖昧になり、作家としての不安、将来への絶望、そして死への憧れが、じわじわと滲み出てくるように描かれている。
特に印象に残ったのは、ホテルのカーテンを閉め、日光を拒むようにして創作に向かう場面だ。
太陽の光が“現実の厳しさ”を象徴するかのようで、「書くこと」だけが、自分をギリギリのところでつなぎ止めていた。
さらに、不眠に苦しみながらも、『河童』をものすごい勢いで書き上げる描写には、芥川が“追い詰められながらも、書かずにはいられなかった”という
作家としての宿命のようなものが感じられる。
『歯車』は、単なる私小説ではない。
苦しみの中でも言葉にしようとする意志がある。
幻覚に襲われ、死を見つめながらも、「文学」を最後まで手放さなかった芥川の姿が、この小説の行間から静かに、しかし確かに立ち上がってくる。
“僕”が見たあのカチカチと回る歯車は、狂気の象徴でもあり、創作のリズムでもあったのかもしれない。
芥川龍之介は、自らの破滅の中で、ぎりぎりまで“書くこと”にしがみついていた。
その姿勢に、僕は深く打たれた。
そして今も、胸の奥で何かがカチリと音を立てている気がする。

藤村 正宏

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