
空が赤く染まるベネズエラ首都
お正月、1月3日の夜、衝撃的なニュースが飛び込んできましたね。
「アメリカがベネズエラの領土を攻撃。大統領を拘束。」
そんなことがあるの?
国際法は無視?
ぼくが最初に感じた違和感は、そんなことだった。
だって、ベネズエラの国民が、たとえ圧政に苦しんでいたとしても、国際法を無視していたとしたら、これは由々しき問題だよね。
強権国家に誤ったメッセージを送る可能性もある。
「ベネズエラから大量の移民やテロリストが流入している」
「ベネズエラから違法薬物の流入が国益を損なっている」
「アメリカはベネズエラの石油利権が欲しい」
「アメリカはベネズエラを直接統治する」
さまざまな憶測がネットを中心に飛び込んでいます。
もちろん当事者じゃないから、わからない。
世界はますます分断を深めているように見える。
ネットの情報に触れている時間が長くなるほど、ぼくたちは「自分好みに最適化された世界」に住むようになります。
検索エンジンも、SNSも、動画アプリも、表示されているのは、偶然ではなく、アルゴリズムが「あなたはこれが好きでしょう」と判断した結果です。
同じ場所で、同じタイミングで検索しても、人によって表示されるニュースも、動画も、意見も違う。
ぼくたちはすでに人の数だけ違う現実を生きているということ。
この環境に長くいると、「みんな自分と同じ考えをしている」と錯覚しやすくなります。
なぜなら、画面に出てくるのは、自分に賛成してくれる声ばかりだから。
その状態は、とても心地いい。
でも同時に、とても危うい。
自分と違う意見に触れなくなり、違和感を覚える情報は「不快」「フェイク」として排除する。
そして、自分の考えを正当化してくれる投稿や動画だけを集めて、安心する。
こうして人は、知らないうちに「騙されやすい状態」になっていきます。
最近の選挙、国際情勢、ワクチンや感染症、AIや移民、ジェンダー、戦争をめぐる議論を見ていると、情報の偏りが、社会をどれだけ簡単に分断してしまうかがよくわかります。
ある人にとっては「常識」でも、別の人にとっては「陰謀」であり、「許せない現実」になる。
どちらが正しいか、という話ではありません。
それぞれが、違う現実を信じて生きているという事実があるだけです。
問題は、自分と違う考えを持つ人と、話さなくなること。
見なくなること。
存在しないもののように扱ってしまうこと。
その結果、社会は少しずつ、音を立てずに分断されていきます。
だからこそ大切なのは、自分の価値観と違う意見に、あえて触れること。
見たくない情報にも、少しだけ目を向けること。
世界は、自分のタイムラインより、ずっと広いと知ること。
そして、自分の主義主張を「絶対」にしないこと。
「オレの言うことが正しい」
「分からない人は遅れている」
そんな言葉を使い始めた瞬間、その人の周りには、考えることをやめた人や、アルゴリズムに従うだけの人しか残らなくなります。
偏らない情報に触れ、自分の頭で考え、迷いながら言葉を選び、行動する。
そのために必要なのが、自分を客観視させてくれる視点であり、文学、歴史、哲学、芸術といったいわゆるリベラルアーツです。
ちなみに、教養と訳される「リベラルアーツ」の語源は「人を自由にする技」。
世界を単純化しすぎないために。
誰かの正解に、安易に乗っからないために。
教養は、ぼくたちを「狭い現実」から解放してくれる、即効性はないけど、とても強い味方になってくれるのです。
リベラルアーツ。
好奇心をとても刺激してくれます。
これからのAI時代、ビジネスパーソン、経営者は「好奇心」がとても大切だと思う。
2月5日開催藤村流新春セミナー
「AIが賢くなるほど 人間はバカでいい」
このセミナーで、そんな話もする予定です。
リベラルアーツが視点を大きく拡張してくれる。
あなたの参加をお待ちしています。
(残席が少なくなっているから、予定している人は早めにね!)
ベネズエラの一般の人たちに被害が及ばないことを祈っています。
藤村 正宏
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