思考の遊びで、枠を外すって、ほんとはすごく大事なことなんじゃないかなって、時々、思う。

道端に紫蘭の花が咲いていた。雑草ってホントすごいな。
踏まれても、刈られても、春に花を咲かせ、蜂とかの昆虫を呼んでいる。
どんなことがあっても、生きていく強さがある。そして、冬を越して、見事に花を咲かせている。
自分の与えられた運命に従い、それを最大限に使っている。
本当に見倣わなきゃなって思う。
世の中を見ていると、「常識」に縛られている人や会社って、やっぱり多い。
時代は完全に変わっているのに、昔のまま。数字でしかモノを見れない、俗物たち。KPIしか信じない経営者。商品のスペックばかり伝えている人。
でも、その常識って、よく考えると、誰が決めたんだろう。
気がついたら、自分で枠をつくって、その中にちゃんと収まって、安心している。
本当は、外に出られるのに。
出られないんじゃなくて、出ないだけなんだろうな。
時代は、ずいぶん変わったなと思う。
AIが、どんどん「正解」を出してくれるようになって、ちゃんと考えれば考えるほど、みんな同じところに行き着く感じがする。
それって、ある意味では便利だけど、なんだかちょっと、息苦しい。
そんな社会が持っている「微熱」・・・
普通に考えているだけだと、「普通の人」になってしまう。当たり前なんだけど、それがいちばん怖いのかもしれない。
じゃあ、どうしたらいいんだろうって考えると、やっぱり「遊ぶ」しかない気がする。
体を使って遊ぶんじゃなくて、思考で、遊ぶ。
常識的な解答を考えるのを、いったんやめてみる。
もし、お金も時間も人も、全部自由に使えたとしたら、何をするだろう。
今の仕事が、急になくなったら、自分は何を選ぶんだろう。
今やっていることに、好きなことを無理やり混ぜたら、どうなるんだろう。
こういう、ちょっとくだらないかもしれない問いの中に、意外とヒントがある気がする。
役に立たなそうなことの中に、なにかが潜んでいる感じ。
たぶん未来って、ちゃんとした答えからは生まれない。少しズレたところから、ふっと出てくるものなんじゃないかな。
AIは、正しいことを出すのがうまい。
でも、人間は、ちょっとズレることができる。
そのズレが、これからは価値になるのかもしれない。
だから、ときどきでいいから、ちゃんと考えるのをやめて、ちょっとだけ、思考で遊んでみる。
そのほうが、案外、いいところに行ける気がしている。
自分の運命を目一杯使ってね。
藤村 正宏
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