富良野はどうやってブランドになったのか?|自分の価値に気づかないと恐ろしい

平田オリザさんの講演

平田オリザさんという我が国を代表する劇作家がいます。
自らの劇団でさまざまなお芝居を作り、本もたくさん出しています。
他にも演劇のワークショップをやったり、講演活動したり、活躍されている方です。

ある時、平田さんの講演を聞く機会がありました。
たくさんの楽しい話がありましたが、その中で特に印象的だったのが「自分の価値に気づかなければ恐ろしいことになる」そういう話です。

それは北海道にある「富良野」と「芦別」の話。
だいたい以下のようなことです。

富良野ブランドは強い

富良野ってご存じですよね。
北海道の真ん中あたりにある有名な街です。

「富良野」は今、すごいブランドになっています。

例えば、同じメロンでも、「富良野メロン」というと1.2~1.5倍の値段がつきます。
あるいは、「富良野チーズケーキ」になると、やはり同じような価格差ができています。
商品に「富良野」という地名が入ることで、価格が高くても売れるのです。
完全にブランドになっている。

実際、富良野は世界中から観光客を集めています。
冬には、オーストラリアからたくさんの観光客が来ます。
夏には、台湾と韓国からたくさん来ます。
大きなスキー場があり、雪質がすごく良いので、オーストラリアの観光客はスキーを楽しみに来ます。
夏は見事なラベンダー畑が、台湾や韓国からたくさんの観光客を呼んでいます。

富良野の街に行くと、韓国語、中国語の看板、道路標識がたくさんあります。
それだけたくさんの外国人観光客が来ているということです。

では、富良野はどうしてブランドになったのでしょう。

富良野の主要産業は、農業です。

1970年頃まで、富良野にはラベンダーを栽培している農家がたくさんありました。
当時、ラベンダーは香水の原料として高く取引されていたんです。
ところが、1960年代にとてもいい香水の人工原料が登場します。
すると、香水の原料がそちらに移ってしまい、ラベンダーが売れなくなってしまった。
そのため、多くの農家が生産する作物を、より売れるものに替えてしまい、ラベンダーを作る農家はほとんどなくなってしまった。

ファーム富田 <Wikipediaより>

ファーム富田
<Wikipediaより>

その農家の中に、富田さんというちょっと変わった人がいたんです。
富田さんは、ラベンダー畑がきれいなので、すべて潰すのはもったいないと思った。
あなたも写真や映像で見たことがあると思いますが、丘が一面ラベンダー色に染まる光景は、とっても美しいですよね。
たしかにこれが見られなくなるのは、もったいない。
富田さん、自分のラベンダー畑を1面だけ、残しておいたんです。
これが現在の富良野ブランドのスタートになるのです。

富田さんのラベンダー畑が、旧国鉄のキャンペーン『ディスカバージャパン』のポスターにとりあげられた。
これは富良野にとって、大きな転機になります。
それを見たお客さんが富良野に大勢やってきたんです。
そのとき、富田さんは、ラベンダー畑を見せるだけでなく、いろいろな体験を提供しましたんです。
例えば、ラベンダー摘みの体験や、香水工場の見学、クラフトなど、いろいろなことを体験させました。
観光客はとっても満足して、クチコミやマスコミで拡がっていきます。
そして、北海道富良野のラベンダー畑という認知をされていくようになるんです。
年々、観光客が増えていきました。

そのうちに富良野では、ブランドを大切にしようということで、ほかの農家もいろいろなことをやり始めます。
またラベンダー畑を作りだす農家も徐々に増えていき、富良野はラベンダーで有名になっていきます。

富良野が全国的に有名になっていく過程で、実際に富良野に住みたいという人が現れ始めます。
そこで森を開発して、そこに別荘地を作ります。
都会に住む、さまざまな文化人や経営者が別荘を買うようになりました。
その一人が倉本聰さんでした。

倉本聰さんが「北の国から」で富良野ブランドをさらに確立していきます。
こうしてスタートした富良野ブランドは、今や世界中からお客さんを集めている。

富良野の人たちはとても勉強熱心です。
富田さんの成功体験があって、それをよく知っていますから、ほかの農家の人たちもすごく勉強するんですね。
平田オリザさんがコミュニケーションの研修を開くと、農家の人たちがみんな勉強しに来るそうです。
それは、彼らはコミュニケーションの大切さを知っているからです。
1次産業の農家といえども、お客さんとのコミュニケーションをとらなければいけない。
一般のユーザーとコミュニケーションをとることが大切なんだ。
そのことをよく知っているのです。
そして、自分たちの価値に気づいているから、さらに勉強するんです。
それが富良野です。
だから富良野がブランドになって、世界中からお客さんを集めているんです。

芦別の蹉跌

さて、富良野から約20キロ離れたところに芦別という町があります。
たった20キロしか離れていません。

芦別は昔、炭鉱の町でした。
炭鉱が盛んな頃は、とても豊かだった。
ところが、国の政策で炭鉱はどんどんつぶれていきます。
石油エネルギーが主役になっていく過程で、炭鉱をつぶしていく石炭政策を進めていくわけです。

芦別の炭鉱もつぶれてしまいました。
つぶす代わりに、国から、産炭地のための補助金が下ります。
莫大な金額です。
国からもらったその補助金を使って、芦別は観光客を呼ぶために、たくさんの観光施設を作りました。
例えば・・・

三十三間堂を模したホテル。
世界一高い五重塔。
赤毛のアンの舞台を再現したカナディアンワールドというテーマパーク。
黄金の橋桁をもった橋とか、とっても豪華な施設がいっぱい建てられました。

小さな町の中に、そういうものが一望できる場所がある。
スゴイ光景です。
何がスゴイかというと、これだけの施設があって「人っ子一人いない」ってこと。
まるで地獄絵図です。

恐ろしい話です。
富良野から、わずか20キロの距離のところです。
たぶん、気候風土は一緒です。
作物だって一緒。
雪質だって一緒です。
何の違いもない。

片や世界中から観光客を集めるようなブランドになっているというのに、わずか20キロ離れたところでは誰も来ない。
財政再建団体の候補と言われています。

この差って、いったい何でしょう。
恐ろしい話です。

自分の価値を見つけるために勉強すること

これは、芦別が自分たちの価値に気づかなかったということなんです。
自分たちの価値に気づかないと、補助金目当ての東京のゼネコンや広告代理店、企画会社に容赦なく収奪されてしまう。
お金だけだったら、まだマシです。
自分たちのアイデンティティまでも否定されるような、文化的収奪までされていくのです。

どうして、北海道で三十三間堂を見なきゃいけないのか、京都に行けば本物があるのに。
どうして、ほとんど必然性のない、カナディアンワールドを見に行かなければならないのか、北海道の大自然があるのに。

自分たちの、他とはちがう価値に気づかないと、こういうことが起こるのです。
平田オリザさんのお話しを聞いていて、本当にそう思った。
これはビジネスでも同じです。

自分の価値に気づくことが必要です。

自分の付加価値に気づくこと。
ほかとの違いに気づくこと。
ほかには提供できないものを提供すること。

これがマーケティングの基本であり、ビジネスの基本です。
自分の価値が何か、発見しなきゃいけない。
そのためには一生懸命勉強しなきゃいけないし、一生懸命行動しなきゃいけない。
それが真理です。

ただ漫然と今の仕事を今までどおりにやっていると、気づくことができない。
気づかないと恐ろしいことが起こるのです。

勉強する時間がない、なんて言っている場合じゃないんですよ。
必死になってやっていかなければなりません。
自分たちの価値に気づかななければならないのです。

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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