スマホ時代に「モヤモヤ」を取り戻す、ネガティブ・ケイパビリティとは?

AI時代、人間に残された大切な能力

最近、読んだ本「スマホ時代の哲学」<谷川嘉浩:著 ディスカヴァー携書>。
とても面白かった。
そしてその中で「ああ、これは今の時代にすごく大事だな」と思ったことがあります。

それはモヤモヤする力という話です。

今の時代って、すぐ答えが出ますよね。スマホで検索すれば、AIに聞けば、ほとんどのことは一瞬で答えが出てくる。
便利です。本当に便利。
でもね、その便利さの中で、僕たちは一つの力を失いつつあるんじゃないかなと思うんです。それがモヤモヤする力。

「自分の頭で考えろ」という嘘

よく言われますよね。「自分の頭で考えろ」学校でも、会社でも、よく聞く言葉です。でも、これ実はちょっと嘘がある。なぜかというと、人間って、自分の頭だけで考えても、そんなにすごいことは思いつかない。

これ、正直な話です。
ぼく自身も実感しています。自分で考えたことって、大抵面白くない。笑www
ぼくも本を書いたり、講演をしたりしていますが、自分の頭だけで考えているわけじゃありません。
本を読む。人の話を聞く。歴史を調べる。哲学を読む。映画を見る。そういうものが全部混ざって、そこから「自分の言葉」が生まれる。

思考って一人の頭ではなく、複数の頭の対話なんですよね。

AI時代、人間に残るもの

今はAIがどんどん賢くなっています。論理的な答え、平均点以上の文章、情報整理こういうことはAIの方が得意です。
では人間は何をするのか。ぼくはこう思う。

人間はモヤモヤする存在になる。

モヤモヤは「知性の入口」

現代は
すぐ理解したい
すぐ答えを知りたい
すぐスッキリしたい
という社会です。

SNSもそう。
すぐにコメント
すぐに意見
すぐに結論
でも本当は、人生の大事なことって

すぐには答えが出ない。

たとえば
仕事とは何か
幸せとは何か
自分は何者なのか
なぜこの違和感があるのか
こういうことはすぐに答えが出ない。

むしろ「モヤモヤしている時間」の中で、人間は考える。
そしてモヤモヤが創造の源になる。

スマホはモヤモヤを消してしまう

ここでスマホの話になります。
スマホってすごいですよね。

退屈になったらすぐ動画
不安になったらすぐ検索
寂しくなったらすぐSNS

つまりスマホはモヤモヤを消す機械なんです。
でもね、モヤモヤを全部消してしまったら思考は生まれない。

作家もそう。
哲学者もそう。
芸術家もそう。

みんな「言語化できない違和感」から作品が生まれる。

ジャズとビジネス

ここで、ぼくの好きな話。
ジャズです。ジャズの演奏って、最初から答えが決まっていません。むしろその場で
即興で演奏する。
予定調和ではない。
めちゃくちゃクリエイテブ!

だから面白い。
マイルス・デイビスなんて、わざと音を減らしたり、間を作ったりする。そこに余白が生まれる。

ビジネスも同じです。
データだけでやると平均的な答えになる。AIでも出せる。
でも
違和感
遊び心
モヤモヤ
は人間にしかない感覚。AIには理解できない。
そこから、新しいビジネスが生まれる。

だからぼくは思うんです。AI時代に必要なのは正解を出す能力ではない。むしろモヤモヤを抱える能力。
これを哲学では「ネガティブ・ケイパビリティ」と言うそうです。
簡単に言うと「すぐ答えを出さない力。」

人間は「面白がる存在」

AIが賢くなればなるほど、人間は遊ぶ、面白がる、迷う、寄り道するそういう存在になっていく。ぼくはそれでいいと思っています。いや、むしろそれが人間。

AI時代の仕事

これからの時代、仕事はどんどん変わります。
「効率」「正確」「分析」これはAIがやる。

じゃあ人間は?
ぼくはこう思う。

モヤモヤして
面白がって
遊びながら
新しい意味を作る。

これがAI時代の人間の仕事。

もしあなたが今
なんとなく違和感がある。
まく言葉にできない。
モヤモヤしている。
のなら。

それはとても大事なものです。すぐ答えを出さなくていい。
モヤモヤはあなたの知性の入り口だから。

そしてそこからきっとあなたにしか作れない仕事が生まれる。

哲学者、谷川嘉浩さんの、「スマホ時代の哲学」を読んでいる途中、ずっとそんなことを考えていた。

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北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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