
凛冽たる76日と、一杯のカクテル
阿寒湖のほとりにある『あかん鶴雅別荘 鄙の座』で『つるがチャンネル』のショート動画の撮影をしていた。
いつも通り、現場でスタッフと笑いながら、ゆるく、でもちゃんと空気を切り取っていく。整いすぎていないことが、むしろリアルでいい。
そんな動画を撮っていた。
でもね。この日の体験は、それだけでは終わらなかった。
啄木という「余白」
このホテルには、少し不思議な空間がある。
石川啄木に関する書籍が、100冊以上も並んでいるライブラリー。
普通の宿泊施設では、まず見ない光景。
なんとなく手に取る。ページをめくる。そこにあるのは、成功者の言葉じゃない。
むしろ、うまくいかない、揺れている、整っていない、そんな、生々しい人間の記録。
凛冽(りんれつ)たる76日
啄木が釧路に滞在していた76日間。ぼくはそれを、こう呼びたくなった。
「凛冽たる76日」
冷たくて、張り詰めていて、ごまかしが効かない時間。
借金を重ね、人間関係も不安定で、仕事も長くは続かない。
でも、その中で、言葉だけは異様なほど鮮明になっていく。
たとえば、
こほりたるインクの壜を
火に翳し
涙ながれぬともしびの下
凍ったインクを温めてまで書く。そこにあるのは、「うまく生きること」ではなく、「それでも書く」という意思だ。
バーで出会った「もうひとつの啄木」
バーに向かった。カウンターに立つのは、バーテンダーの小林さん。
彼は、啄木のことをよく知っている。
話を聞きながら、一杯のカクテルをいただく。そのカクテルは、啄木の短歌からインスパイアされたものだった。
『春柳(はるやなぎ)』
『一握の砂』に収められている、
やはらかに柳あをめる北上の
岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに
この歌にインスパイアされた、鄙の座オリジナルのカクテル。
鄙の座のバーでは、春夏秋冬、季節ごとに「石川啄木の歌」からインスパイアされた、オリジナルカクテルを2種類創っている。
これは今年の春のカクテル。

鄙の座オリジナルカクテル『石川啄木・春柳』
グラスの中には、やわらかな緑。それは、鮮やかというより、どこか滲んでいるような色だった。
ひと口飲む。
春の気配のような軽やかさの奥に、わずかな苦味が残る。ああ、と思った。これは、ただの「春」じゃない。
泣きたくなる春だ。
啄木が見た柳は、ただ芽吹いていたわけじゃない。
そこには、
・遠く離れた場所への思い
・戻れない時間
・どうしようもない感情
そんなものが、静かに揺れていたはずだ。このカクテルも同じだった。やさしい。きれいだ。でも、どこか、切ない。
グラスの中にあるのは、ただの酒じゃない。
・孤独
・逃避
・ぬくもり
・罪悪感
そんな感情が、静かに混ざり合っている。ふと、思った。これはもう、飲み物じゃない。
“体験”だ。
これは、アドベンチャートラベルじゃないか
最近、「アドベンチャートラベル」という言葉をよく聞く。
自然の中に入っていく。未知の土地を体験する。もちろんそれもいい。
でも、この夜、ぼくが感じたのは、少し違う。
本を手に取る
短歌に触れる
バーテンダーの話を聞く
カクテルを味わう
そして、自分の中で何かが動くこれは、知的な冒険だ。
旅というと、遠くへ行くことだと思われがちだ。でも本当は、どれだけ深く感じるか、なんじゃないか。
啄木の「凛冽たる76日」は、外の世界ではなく、内面の旅だった。
そして今、その断片を、ぼくらは追体験できる。本を通して。言葉を通して。一杯のカクテルを通して。
これからの時代、「どこに行ったか」よりも、「何を感じたか」の方が大事になる。
整った観光地を巡るだけでは、もう足りない。少しだけ不完全で、少しだけざらついていて、でも、確かに何かが残る体験。
凛冽たる76日なお生彩あり
冷えきった時間の中にも、人生の色は消えない。啄木がそうだったように。
そして、その色は、今もこうして残っている。阿寒湖のバーの、一杯のカクテルの中に。
もしあなたが旅に出るなら、ぜひ一度、「知的な冒険」をしてみてほしい。それは、遠くに行かなくてもいい。でも、深く行くことはできる。
藤村 正宏
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