マーケティングコンサルタント藤村正宏の自伝:7

マーケティングコンサルタント藤村正宏の自伝:7

中学3年の秋になるころには、学校の中でかなりの劣等生になっていた。
成績は、ほとんど勉強していなかったので、いつもかなりの低空飛行だった。
おまけに、なんか不良っぽいイメージをもたれていたのか、変な噂もたっていた。
どういう噂かというと、

「藤村はタバコを吸っているらしい」
「藤村は無免許でオートバイに乗っているらしい」
「藤村は街で他校の生徒とカツアゲしているらしい」
「藤村は他校の女とやったらしい」
などなどなど・・・

もちろん、そんな噂は嘘っぱちだった。
たしかに、近所の友人にはそういうやつもいた。
そういう友達と一緒にいることで、そう思われたのかもしれない。
担任の先生に呼ばれ「タバコを吸っているのか?」と、尋問されたこともある。
まったくのでたらめだった。

そして中学3年の秋、ある事件が起きる。

ボクと友人と3人で、全校生徒を驚かせるようなことをしたのだ。
当時、コピー機なんかはない時代。
コピーが必要な簡易な書類は、ガリ版印刷という印刷でやっていた。
正式名称を謄写版(とうしゃばん)といい、今から約30年位前まで日本で活躍した古い印刷方法の一つ
これはどういうものかというと、
ボールペンなどで専用の原紙に、原稿を書いて、それを原版にしてそこにインクをつけて紙にプリントするもの。
ちょっとシルク印刷に似ている。
電気も何もいらいないから複製技術があまりなかった頃に、このガリ版印刷は大活躍したのだ。

藤村正宏自伝013
B4ガリ版印刷機
<大野城市教育委員会のホームページから>

福岡県大野城市教育委員会のホームページに以前掲載されていましたが今は掲載されてないですね…
http://www.city.onojo.fukuoka.jp/edu/kyoiku.html

きっかけは何かは忘れてしまったが、ボクは新聞を発行してみようと思ったのだ。
そのガリ版印刷の原紙を生徒会室から持ち出し、原稿を作った。
その内容は、今思い返すと子供じみたものだったが、当時としてはかなり過激だった。
なんか真面目に先生の言うことを聞いて、何の楽しみもなくお勉強している奴らを、笑い飛ばしたかった。
そしてそういう状況をつくりだしている、学校を批判したのだ。

企てたのは、3名。
ボクはA組、TはB組、SはC組。
ボクとTが原稿を書いた。
編集はボクがやって、Sが印刷担当。
どうしてかというとSのお母さんが印刷屋さんだったから。

毎日、その新聞を約300枚印刷して、誰よりも朝早く学校に行き、全校生徒の机の中に入れた。
月曜日に第1号が発行された。
学校中騒然!

謎の新聞『○保満○』
(新聞の名前は○の部分に字を入れるとマズイネーミング)

ボクたちはそれを毎日つづけた。
誰が発行しているのか?
何か学生運動がはじまるのか?
何が目的だ?
全校生徒の興味はその謎の新聞に。

そして土曜日。
6号まで発行したときに、ボクがつかまった。
内偵調査をしていた先生に待ち伏せされたのだ。

その日、放課後。
ボクは担任の先生から、めっこり(北海道弁でものすごくという意味に近い)叱られた。
2時間、説教されたのだ。

でもボクは仲間の名前は一切言わなかった。
ボクがひとりでやったことになっている。
あの新聞、誰かもっていないかな~
みたいなぁ・・・

<自伝8につづく>

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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