個人の生活がそのまま「メディア化」している時代

ソーシャルメディアって言わなくなっている

今日は北海道の支笏湖にあるボクのお客さまのホテル「水の謌」で、エクスマ塾の合宿をしています。
今回は第3講ですが、新しい人が2名スタッフをやってくれています。
そのふたりは、参加者と会うのは今日がはじめてですが、Facebookなどでつながっているので「はじめまして」という感じではない。
これってすごくないですか?

ロビーに暖炉があるホテルで合宿 楽しいです

ロビーに暖炉があるホテルで合宿
楽しいです

Facebookでつながることで、実際に会わなくても関係性がすでにできあがっているということ。
実際に会わなくても関係性が構築されて、そういう関係で実際に会った時には、すごい感激したり、感動して、さらに関係性が深まっていく。
エクスマ塾に来る経営者さんたちは、みんなボクのFacebookの発信で来た人だからそうなのかもしれませんけどね。
もはやFacebookは日常的になくてはならないものになっているわけです。

考えてみたら最近、「ソーシャルメディア」って言わなくなった。

FacebookやTwitter、Instagram、LINEなどは、完全にインフラになっている感じ。
普通にみんな使いまくっています。
多くの人々が、SNSで発信し交流し、楽しんでいます。
インターネットでコンテンツを閲覧する時間より、SNSなどで交流する時間のほうが増えている。
これは確実です。

そうすると、旧来のメディアと区別して、ソーシャルメディアって言わなくなるのは自然の流れです。
もう古いメディアと同じかそれ以上に使っている。
特別なものではなくなったってことです。

「大企業の情報」と「オレ様情報」が対等な時代

こうなったら、メディアの概念が変わります。
古い時代には、メディアといえばマスメディアのことを言っていた。
今はFacebookやTwitterも「メディア」になっている。

Facebookに投稿された個人のテキストだけでなく、友人のコメントや会話、個人の撮影した写真や映像もメディアになっている。
たとえばあなたが今日のランチにFacebookに投稿した、狛江にあるベトナム料理店「チャオサイゴン」の「冷やしサイゴンラーメン」を、誰かが見てその店に行くかもしれない。
たとえばあなたが同僚と一緒に飲みに行った、新橋の九州料理の店「有薫酒蔵」の投稿が、その店を知っている誰かの共感を創り出しているかもしれません。

Facebook上には、その人の生きているプロセスが綴られている。
そしてその人生がFacebook上に集まってきて、それぞれのコミュニティができあがっていく。
そのコミュニティが閉ざされたものではなく、無数の人たちがランダムにつながり、そういうコミュニティが合体していく。
そうなると、もはや個人の生活すべて、生活している空間そのものが「メディア化」しているといってもいい。
飲み屋での友達の会話や個人間の何気ない日常会話が、FacebookやTwitterでコミュニケーションすることで、メディアになっていくっていうことです。

人々はweb上で、たくさんの人から情報を受け取り、また自分で発信し、さかんにコミュニケーションが行われている。
そして多くの人々は、ごく近しい人の情報をもとに、行動している。
ということは、マーケティングを考える時には、人々がweb上でどういう行動をするのかを理解することが、とっても大切になってくる。

多くの人は、マスメディアの情報よりも、信頼できる友達の情報を優先する傾向がある。
あなたもあなたの友達の生活もメディア的なコンテンツになっているのです。

だから企業も個人を出して、生活者とコミュニケーションしなければ、いずれ価格競争だけになり、利益が出ない。
そんな状況になるかもしれないな。

エクスマ塾をやりながら、思っていたのは、概ねそんなことだ。

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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