いつの時代も、ひとりの人間の思いが世界を変えてきた|阪急の創始者、小林一三

阪急百貨店の本店は業績がいい

梅田にある阪急百貨店を見に行きました。
百貨店業界が苦戦しているのに、業績が好調ということだったので見たかった。

ちょうど初夏の今、全館のテーマが「ネイチャー・イン・ザ・シティ」。
これが面白かった。
ショーウィンドウに本物の熱帯植物のディスプレイ。
それに商品がうまくレイアウトされています。
まるでサマセット・モームの小説の舞台を思い起こすようなデザイン。
館内のいたるところで、テーマに合った、期間限定の売場ができていたり、イベントがあつたりで、行くだけでワクワクする感じ。

百貨店はこれからも厳しい業界だと思うけど、頭とお金を正しく使えば、まだまだイケると思うわけです。
さすが電鉄系の百貨店の先駆けになった会社ですね。

ひとりの人が世界を変えてきた

電鉄が経営している百貨店は、今では当たり前にありますが、ターミナル駅の百貨店を作ったのは、阪急の創始者、小林一三でした。
小林一三は新しいライフスタイルや新しい生活、新しい価値を作りだした、天才ビジネスマンだった。
「駅の百貨店」「住宅ローン」「電車の吊り広告」「宝塚」「東宝」「ビジネスホテル」。
これも最初に考えたのは、小林一三でした。
たった一人のアイデアが世界を変えたわけです。

実際の話、ひとりの人間が世界を変えているんです。
アップルのスティーブ・ジョブス。
Facebookのマーク・ザッカーバーグ
アマゾンのジェフ・ベソス

小林一三のことを調べていたことがあります。
調べていて、ひとりの人間の思いや行動力ってすごいと思った。
15年前に出版した本『「ニーズ」を聞くな!「体験」を売れ!』(現在絶版中)にそのことを書きました。
その原稿をリライトします。

常識から逸脱した思考

小林一三は明治の終わり頃、今の阪急電鉄の元になった鉄道を開業しました。
当時は鉄道建設ブームで、すでに阪神、南海、京阪などは都市間を結ぶ鉄道として開業していました。
そんな中、小林一三は大阪の中心梅田から、ほとんど人の住んでいない寒村に電車を走らせたのです。

当時の常識から考えれば、これは「暴挙」でした。
誰もが「あんな田舎に電車を作って、バカじゃないだろうか」と思ったそうです。
しかし、彼の視点は他の人とは違いました。
鉄道を開業させる前に、沿線に広大な土地を買い、区画をしっかり計画した住宅地を開発したのです。
誰も見向きもしない田舎の土地はかなり安く買えたわけです。
急速な工業化によって、大阪などの大都市の住環境が悪化しつつあることに目をつけた、ものすごいアイディアだったわけです。
「郊外に住んで、都市に通勤する」というライフスタイルを創り出したってことなのです。

おまけにその住宅を、一般の会社員が買えるように「月賦」という支払い方法までも考えました。
これも新しいシステムを作ったということですよね。
買えなければ買えるような仕組みを作ろうという発想です。
当時としては、それこそ誰も考えつかないような発想だったのです。

これで小林の開発した郊外住宅は、本当に飛ぶように売れたそうです。
当然阪急電鉄も急速に業績を伸ばしました。

ターミナル駅の百貨店

さらに小林は、阪急の始発駅「梅田」に、阪急百貨店を作ります。
駅に百貨店というのは今ではあたりまえですが、やっぱり当時は新しいコンセプトでした。
郊外に住んでいる家族は週末に都心に買い物にくるだろう、と考えて駅に百貨店を作ります。
サラリーマンが仕事帰りに家族と待ち合わせして、家族揃って食事をするようにと、リーズナブルな家族向けのレストランも併設しました。
これも当時の人々に大好評で迎えられます。
小林が考えた通り百貨店は大繁盛、レストランでは家族揃って団らんする光景が見られました。

電車の吊り広告も彼のアイディアでした。
吊り広告は今でも、一般の広告より認知度が高い。
今でこそ当たり前のことでも、最初は「目からウロコ」状態だったのです。
サラリーマンが電車の中で過ごす時間までも「価値」にしてしまったわけです。

宝塚歌劇団も小林一三が創った

「宝塚歌劇団」の誕生のきっかけとなったのは、宝塚に小林が作ったレジャー施設でした。
大阪の郊外、当時の阪急電鉄に終点宝塚に「温泉施設」を作ってそこに遊園地や室内プール、動物園などを複合させたレジャーランドを作ったのです。
その頃、大阪圏の人たちは温泉に行くのもたいへん時間がかかっていた。
一番近い温泉は有馬温泉で、それでも山を越え一泊しなければならなかった。
それをわずか1時間で行けるところに、温泉施設を提供したわけです。
今から100年も前、明治45年にこういう考え方で展開していたのですから驚きです。

ところがここの室内プールが問題でした。
男女が水着姿を一緒の空間でさらすのは風紀上良くないというクレームがお役所から入ってしまった。
さらに設備の不備で温水が冷たく、夏以外営業できないとう事態になってしまった。
とうとう室内プールは閉鎖しちゃったんですね。

しかし小林一三はそれからの発想がすごい。
プールの水を抜いて板を張り、そこをステージにしてさまざまなイベントを実施したのです。
そのイベントの中のひとつの出し物に、可愛い少女たちの合唱隊がありました。
イベントの合間に歌を歌ったり、歌劇を演じたりしたのです。
それが現在の宝塚歌劇団の前身である「宝塚女子唱歌隊」だったのです。
「失敗から新しい価値を生み出す」という創造力は、ほとんど天才的ですよね。
結局、小林一三は世界的に見ても珍しい「女性が男役を演じる」という新しいエンターテインメント文化を創ったわけです。

さらにあの映画会社「東宝」も小林一三の創設です。
さらにに「東宝」という名称が「東京宝塚劇場」だということ。
昭和の初め頃には「宝塚歌劇団」の人気は全国的に高まっていました。
東京公演も何度も実施していたのですが、それでも東京のファンは満足しなかった。
そこで小林は「東京に宝塚の常設劇場を作ろう」ということで、昭和9年、有楽町の帝国ホテルの前に「東京宝塚劇場」を開業したのです。
さらに小林は、有楽町あたりを一大レジャーセンターにしようと構想します。
有楽座、日比谷映画を建設、日劇を買収、等々着々と計画を進めます。
映画会社の「東宝」はこういう流れの中で生まれていきます。

当時映画というのは、当たれば大儲け、外れたら大損というバクチみたいなものだったのです。
小林は映画会社を誕生させるときにも、発想がちがいました。
「バクチ」のような映画を「事業」として成り立たせるための仕組みを考えたのです。
まず上映館のチェーンを作ります。
東京、大阪などを中心に全国主要都市に映画館のネットワークを築いていきます。
次に配給する会社を作り、最後に映画製作会社を作ったのです。
映画を事業にするためには、映画を売る場所(映画館)を最初に確保するって発想。
これで「東宝」は大成功して、宝塚歌劇よりも全国的に有名になりました。

日本で初めてのビジネスホテル

ビジネスホテルの記念すべき第一号は「新橋第一ホテル」です。
このホテルが開業したのは昭和13年。
「帝国ホテル」がまだ完全冷房ではなかった時に、新橋第一ホテルは全館冷房だったそうです。
これも小林一三の発想です。

それまではホテルといえば帝国ホテル。
ものすごく価格が高かったわけです。
当時のホテルといえば、一部のお金持ちが利用する施設だったわけです。
当然普通のビジネスマンが気軽に利用できなかった。
例えば大阪から東京に出張するビジネスマンが会社から往復の電車代と宿泊費をもらうわけですが、帝国ホテルの宿泊料金はその総額よりはるかに高価だったわけです。
だから出張する人は、商人宿みたいなところに泊まっていたそうです。
彼はそこに目をつけた。
だってお金持ちよりも、普通のビジネスマンのほうが、圧倒的に数が多いわけでしょ。
そういう人たちが出張経費で利用できるホテルを作ろうって発想です。
部屋や浴槽を少し小さめに設計し、従業員もコック以外は素人を使ってコストダウンしました。
でも、ロビーなどは広く豪華なイメージにしたそうです。

この事業でも小林は大成功を納めました。
帝国ホテルの客室稼働率平均50%くらいだったのに、新橋第一ホテルは常に90%以上だったのです。

人々のライフスタイルを変えた

小林一三はいつも、世の中の流れに注目し、人々に新しいライフスタイルを提示してきたのです。
そして生活者はそれを歓迎して受け入れた。

今では当たり前になっていることですが、たったひとりの人間の発想から生まれ、それが日本人のライフスタイルを変え、世界を変えたわけです。
「個人」の力は偉大です。
100年以上も前に、こんな発想をしていた人がいた。

今はもっとすごい条件が整っている時代です。
恐ろしく性能のいいスマホをみんなが持っていて、つながっている。
みんな発信や交流ができる。

さらにこれから個人が輝く時代になるでしょう。
あなたも世界を変えるくらいの偉大な力があるのです。
そのために、いつも前を向いて、この豊かな時代を楽しむことです。

小林一三がこんな言葉を残しています。

金がないから何もできないという人間は、
金があってもなにも出来ない人間である。
 小林一三 <阪急・東宝グループ創業者>

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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