モノインターネット製品だってスペックだけでは売れない

モノづくりのこだわりの方向性が間違っている

「ものづくり日本」って、ずいぶん昔からいわれていますよね。
それが日本経済、復活のカギだって。

誤解を恐れずに言えば、今のままだと、全然復活にならないと思う。

それどころか、あまりにも「モノ」にこだわりすぎると、逆効果になる。
どんなにいい製品でも、乱暴な言い方をしたら所詮「製品」です。
だから「コモディティ化」が起きやすい。
「コモディティ化」というのは、ある分野の製品において、製造メーカーや小売店ごとの差別化の要因になるはずの、機能や品質、ブランド力などが失われて、そのちがいが明確じゃなくなるという意味です。
個性がなくなって、均質化すること。
そうなると価格や量を判断基準に売買が行われるようになります。
商品価格は下がる傾向になるわけです。

日本のメーカーは、機能を増やせば、差別化して売れるようになると思い込んでいるようなふしもある。
そもそも、そんなに多機能を使いこなせるユーザーがいるのでしょうか。

ボクの家にある、日本製のHDR(ハード・ディスク・レコーダー)のリモコンには、68個のボタンがついています。
アップルのiPhoneに比べたら、恐ろしいほどの数です。
そのほとんどを使ったことがありません。

中型航空機のコックピットについているボタンの数は100個程度だそうです。
リモコンで飛行機でも飛ばそうとしているのでしょうか。
製品はどこも同じ機能を持っている。
ユーザーにとっては、もう余計な機能や一生使わない機能もある。

「ものづくり」のこだわりが、ちがう方向にいっている。
ボクにはそうとしか思えないのです。

日本の産業界は「匠のわざ」的な「ものづくり」の成功体験を忘れられないのでしょう。
「ものづくり」という言葉の定義そのものが変化したことに気づいていないのです。

「こだわり」というのは、ある意味危険なところもある。
それは商品だけに集中しすぎるということ。

もう誰も、商品なんて欲しいと思っていないのです。
スペックをいくら訴えても、欲しくない。
性能をいくらよくしても、それだけでは売れません。

その商品がどういう「体験」をもたらしてくれるのか?
それを伝えなければ、モノは売れないのです。

どんなに性能がよくても、「モノ」である限り、個性がなくなって均質化してしまう。
「ものづくり」競争から抜け出すことが大事だと思うのです。

インターネットにつながることでモノの価値観が変わる

今注目のモノインターネット(IoT)。
すべての製品がインターネットにつながる。
モノづくりの流れのひとつの流れになっています。

製品がインターネットにつながるとおもしろいことがおきます。
たとえば、先日カメラのキタムラで購入した、デジタルカメラはネットにつながります。
先日も、アップデートしたら、接写のピントがものすごくよくなった。
性能が上がったわけです。

先日買ったデジカメ

先日買ったデジカメ

これはすごいことです。
だって、今までの製品は、購入時点が一番価値があり、時が経つにつれ価値が少なくなっていました。
それがインターネットにつながることで、より価値が増すのですから。

モノづくりの考え方も変わります。

こういうことは、これからどんどん進化していくでしょう。
ボクの車に搭載されているカーナビは、インターネットにつながっていないので、買った後にできた新しい首都高速道路は入っていません。
車がすべてインターネットにつながることで、どんどん、カーナビを含めた車自体が、ヴァージョンアップしていく。
これは消費者にとっては、ますます便利で、いい世の中になっていく。
そのうち、完全自動運転の車も実用化してくるでしょう。

モノの価値が変わってくる。

でも、どんなに最先端の技術を使っても、モノは所詮モノです。
すぐに個性がなくなります。
モノインターネットだってコモディティ化は起きる。
当然のことです。

だから、商品やサービスにフォーカスするのではなく、コミュニテイ発想で「体験」を提供して、ファンクラブのファンとの関係性のようなビジネスをしていくことが大事なのです。

いずれ、見ず知らずの人から、モノを買うのが珍しいコトになるんじゃないかな。
本気で、そう思ったりもするのです。

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藤村 正宏
北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」

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