
「釧路港のラーメンを印象派で」ってAIに指示した画像、笑www
ビジネスは、ムダなことで深くなる
「ムダなことは、やめよう。」
そう言えば、きっと賢く聞こえる。
無駄を削れば、効率が上がる。コストは下がり、利益は出やすくなる。
それは正論だ。間違いじゃない。
でも、ぼくは思う。
正しいことだけを積み上げていくと、最後には“何か”が足りなくなる。
ムダを省いてきた結果、ビジネスが豊かさを失っていった。
無味乾燥した、不毛な仕事はおもしろくない。
今こそ「ビジネスにムダを!」そんな運動をしたいくらいだ。
ムダを排除していくと、みんな同じようなことを始める。
似たような言葉、似たようなサービス、似たような広告。
その結果、どの会社の話を聞いても、もう耳に残らない。
どれも「正しすぎて」退屈。
「司馬遼太郎さん、お好きなんですか?」で商談成立
たとえば、僕の弟子の話。
ある大きな会社の社長に呼ばれ、初めての商談に向かったときのこと。
その社長は、いかにもロジカルで、ビジネスライクで、ちょっと怖い印象だったという。
話しながら、ふと社長室の本棚に目をやると、そこにずらりと並ぶのは──司馬遼太郎の全集だった。
彼は思い切って訊いてみたんです。
「司馬遼太郎さん、お好きなんですか?」って。
社長は顔をほころばせ、「大ファンだよ」と言った。
僕の弟子もまた、ほとんどの作品を読んでいた司馬ファンだったから、そこからは「坂の上の雲」だの、「竜馬がゆく」だの、「この人の描く歴史観がね…」なんて、話がどんどん弾んでいった。
その結果、商談はすっかりうまくいった。というより、「この人となら、一緒にやってみたい」と社長に思ってもらえたらしい。
きっと、あの会話は“ムダ”だった。
ビジネスの進捗とは関係ない、雑談のような話。
でも、そのムダな時間がなければ、信頼も、親近感も、生まれなかった。
ムダは人間らしさの証明
ムダを削っていくと、仕事は“作業”に変わる。
誰がやっても同じようにできるものは、やがてAIに代替されていくだろう。
でも、人間の“らしさ”って、そんな単純に割り切れるものじゃない。
あえて、遠回りをする。
あえて、脱線する。
あえて、意味のなさそうなことを大事にする。
それができる人だけが、最後に「違い」をつくる。
そしてその違いが、誰かの心を動かす。
ラーメンのスープだって、完璧に澄みきってるものより、
少し濁ってるくらいの方が、味にコクがある。
ムダって、たぶん、ビジネスの“コク”みたいなものなんだと思う。
ムダはノイズじゃない。
ムダこそが、個性になる。
ムダこそが、記憶に残る。
ムダこそが、その仕事に血を通わせる。
だからぼくは、ムダを信じている。
「役に立たないかもしれないけど、やってみる」という心の余白を。
その余白の中でしか、生まれない価値があると、強く思っている。
ムダは、ビジネスの“本質”だ。
役に立つかどうかは、あとから決めればいい。
まずは、意味のなさそうなことを、大事にする。
それができる人が、結局、面白い仕事をしているのだ。

藤村 正宏

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