整いすぎたものに、人はもう飽き始めているよね

 

瞬時にこんな画像を生成する、飽きたでしょ、誰だよ、これ

もう飽き飽きしているよね

いや、よくわかる。僕もそうだから。
整いすぎた文章。きれいな女性の生成画像。似たような動画。
マジでもう見たくない。

そう考えていくと、人間って「曖昧さ」がある方がいいってこと。

きれいで、正確で、間違いのないもの。
論理的で、説明できて、誰が見ても納得できるもの。

そういうちゃんとしたものが、世の中にあふれすぎてしまった。
「もうちゃんとしたものはいらない!」って感じ。

でもね、少し前までは、それが価値だった。
早くできる人。正確にできる人。きちんと仕上げられる人。
そういう人が、評価されてきたのは事実としてある。

でもさ、今は、その状況が変わり始めている。

AIは、疲れないし、ミスもしない。
さらに、圧倒的なスピードで、それなりに完成度の高いものをつくってしまう。
文章も、企画も、分析も。
「ちゃんとしていること」は、特別なことではなくなっていく。むしろ、どこを見ても同じように整ったものばかりが並ぶ。

そうなると、人はどうなるか。違いがわからなくなる。そして、選べなくなる。だからこそ、人は別の基準で選び始めている。

なんとなく好き。
なんか気になる。
この人から買いたい。

説明しきれない感覚。これが、これからの時代の軸になるんじゃないの。

論理では説明できない。データにも置き換えられない。でも、確かに存在しているもの。

それが、「曖昧さ」。

AIは「整ったもの」をつくるのは得意じゃん。でも、「なんかいい」をつくるのは難しいよね。今のところ。
「ゆらぎ」や「なんとなく」や「曖昧」が理解できないと思う。
だって「なんかいい」は人間の中にしか存在しないから。

同じ商品でも、同じサービスでも、誰がやるかでまったく違うものになる。
そこに、人間の価値が生まれるんだと思う。
完璧さが溢れる、この世界の中で、人間は不完全な部分を持っている。
迷ったり、悩んだり、遠回りしたり。ときには、うまくいかないこともある。

でも、その「ゆらぎ」があるから、人は人に惹かれるんだろうな。

完璧なものよりも、少し不完全なものに、なぜか心が動く。それはきっと、そこに親しみを感じるから。
今の時代、大切なのは、うまくやることではない。
何を大切にして、どう生きるのか。その姿勢そのものが、価値になる。

整いすぎた世界の中で、人間は「整わない存在」として選ばれていく。
そんな時代が、もう始まっていると思うんだけどね。

本当にAIの画像やコンテンツが世の中に溢れかえって、もういいや、って感じになるよね。

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北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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